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2005年5月12日

2005/05/12

No.14 「オーソドックスな辞書引きこそ語学勉強の基本」は生きているか?

DerRhein ココログファンの一人としてサーフィン中、ドイツのWittenberg 大学の日本人・大学院留学生 「TON BEN SCHEN MEI」さんのblogに行き着いた。いま興味と、ある種の羨望の眼差しでblogを眺めかつ読んでいるところだ。

「まじめ」な学生さんと言ってはちょっと失礼だが、専門分野(ドイツ文学のようであるが)への真摯な取り組み姿勢は「学究の徒」として当然のことながら、blogから伺われる常識や見識の確かさから、私は立派な社会人であることに感心している。育った家庭環境や規範の厳しい西欧社会を見聞してのことであろう。

このblog中にところどころ、ドイツ語の原語が出て来て理解しにくいところもある。例えばFachbereich と言う単語、恐らく一生に一度もおめにかかることのないような難しい言葉だ。だが、私は泰然自若として伝家の宝刀を抜いている。三修社の「ロボワードアクセス独和辞典(CD版)」である。

こんな便利な物が出現したのか!と、長寿社会に生きていることの有難さと喜びに浸っている。ドラえもんの「どこでもドアー」ではないが、この辞書を起動しておき、マウスでカーソルを「未知の単語」に当てればこの「どこでも翻訳」は即刻日本語訳を出してくれる。「専門分野,(大学の学部に代わる)学群,系」と出た。私はそれをコピーしてここに移したところだ。

尤も、インターネットの世界にはこの種の「ハイテク商品への批判の声」もあった。「オーソドックスな辞書引きこそ語学勉強の基本だ」と言うような趣旨である。では「花文字時代の辞書まで遡って辞書を引きますか?」などと皮肉も言いたくなる。時代は変わっているし、そんなに目くじらを立てないでもいいのでは?と言いたい。辞書は、引き方よりも引くことに意義がありますぞ。それに、いくらハイテク商品と言ってもプリントアウトされた活字には適用出来ないし、あなたのご趣旨はなお、生きているのです。

半年ほど前のこと。先輩の推薦でこのハイテク商品(CD版のみ)を購入した。昨年(2004.6)ライン河クルーズ船上で知り合ったハンスとの文通のためである。こちらは英語、先方は英語も出来る人だが独、英併記でメールを呉れる。

私もそれこそ60年程前、1年間ほどドイツ語を習ったことがある。デルデスデムデンの時代、ウムラウトもシッカリついていた。電子メールの世界では今日ae,oe,ueなどが現れて私の頭は一瞬、混乱する。

我々の時代は、外国語をもっぱら本から学んだ。発音は発音記号で学んだとも言えるだろう。冒頭私が「羨望を持って」と書いたのは、今日若い人は意欲と能力と資金があれば留学してじかに文化を学べることに対してだ。

私などもはや目的を持って留学するような年齢でもないので、このblogを通じてドイツ人の、ドイツ文化を学んで行きたい。

私の問題意識の幾つか、例えば文学では、私はレマルクやカフカあたりまでしか知らないが、シラー、ゲーテ、マン、ヘッセといったような世界的大文豪が今日もなお輩出しているのか?輩出力の原点は何であろうか?

また、綺羅星のようなドイツ哲学者輩出の背景は何か?私の仮説「暗くて寒く長い冬という環境」は、文明が少なくとも「暗くて寒い」という環境を破壊したのでは?と考えたりしている。ハイデッガー以後も哲学者を輩出しているものかどうか。

学生時代以後勉強したことのないこの種の課題へも触れて欲しいと、このblogに期待している私である。050512

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