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2005年6月27日

2005/06/27

20:愛国心

愛国心を語ることは難しい。でもあえて私はこの問題に触れたい。hasu

難しく考えなくとも我々は生まれた国の歴史や美しい国土の景観・街並みを愛し、同胞を素直に信じ愛してもいる。今日安全や生活にやや不安はあっても、それなりに政治と経済は安定している。

オリンピックやワールドカップで若者は活躍しており、国を代表した彼らに我々は信頼と期待の声援を惜しまない。我々はこの国を運命的祖国として生まれたことに幸福感さえ感じている。こういった姿こそ愛国心の発露であろう。以下、少し難しい話に移りたい。

エピソード1:昭和4344年頃の終戦記念日のこと。私はNHKのテレビに見入っていた。ステージに「人間魚雷、回天の生き残り」という元海軍軍人が登場する。人間魚雷とは人間が操縦して水中を進むミサイルのようなものである。燃料の片道切符で敵艦まで進む。明日は出撃日と命じられていた彼は思いかけぬ事情で生き残る。終戦、彼は危うく一命を取り留める。

「出撃を命じられた時、あなたはどんな気持ちでしたか?」とアナウンサーが尋ねる。「一目母親に会って行きたい。ただそれだけでした」。「本当ですか?どうしてそんなに割り切れたのですか?」「では尋ねますが、佐藤首相の東南アジア訪問を全学連の学生は何故阻止したのですか?」。第一次羽田事件と呼ばれたその事件は昭和42108日起きた。「それは今、佐藤首相に行かれては困ると判断したからでしょう」とアナウンサーが答える。「それと同じです。今我々が国のためにやらなければ…という気持ち、ただそれだけでした」。

エピソード2:テレビは1213才の精悍で利発そうなブラジル人少年(日系)を映し出していた。4世か5世であろうか。「日本をどう思いますか?」とインタビューアが尋ねる。「日本は科学、技術の優れた立派な国です。私は大きくなったら日本に留学して科学、技術を勉強し、ブラジルの発展のために尽くしたいと思っています」と。平成元年頃のことだ。「ブラジルの発展のために」という下りが私の涙腺を刺激した。

エピソード3:平成3年早春のこと。テレビは「愛国心」について街頭でインタビューをしていた。「あなたは国のために死ねますか?」と過激な質問であった。

先ずはアメリカ。「場合によっては死ねるね」という答だった。

イラクとその周辺の人達の答えもアメリカ人とほぼ同じ答えだった。

最後が日本の若者。「国のために死ぬなど、考えたこともない」、「え?国のために死ねるかって?そんなことは出来ないよ」と。

この違いがどこから出てくるか、私はこの機会に突っ込んで愛国心を考ようと図書館で本を探した。清水幾太郎著「愛国心」、(昭和25310日初版)昭和48120日発行の28が見つかった。よく読まれた本というのが私の第一印象だった。

(清水幾太郎:社会学者1907-1988。東京の下町に生まれ。オーギュスト・コントの研究から出発し、マルクス主義批評家として活躍、やがて翼賛体制に協力。戦後は社会主義色の強い平和論者として活躍、「庶民の思想家」と評される。60年安保の”敗北”を経て、70年代以降は改憲や核武装を唱える右派論者となる)

著者はまず「愛国心」の仮の定義を「自分の国を愛し、その発展を願い、これに奉仕しようとする態度」と置いている。その上で著者は今、何故この本を書くに至ったかの動機を、「最近、政治家達が、我々の気持ちの底にある古い愛国心の破片を利用しようとしており、私は民主主義と結びついた愛国心とはどういうものかを書かざるを得ない危機感を持つに至ったと述べている。即ち、

①愛国心という課題は大変難しく、特に(戦争に負けた現在の)日本人には難しい。

②日本人の愛国心は世界的に有名であったが、それは「民主主義との結び付が欠け」、また「個人の自覚も抜きにしたもの」であったため、民主主義の伝統と個人の自覚を持つ欧米の国々から見た日本人の愛国心は、恐ろしく頑固、偏狭なものだった。

③敗戦、民主主義の導入という新しい条件が加わったこと。

以下にこの本の概要を抜粋する。

(1)未開社会における素朴な愛国心は「エスノセントリズムと言われる民族中心主義」に始まる。即ち、我々の祖先が放浪から定住生活に入った時代に、愛国心は自分の属する社会だけが本当の人間であり、他の集団の人間、風習を軽蔑、嫌悪して戦うという野蛮な態度が定着し、この愛国心が歴史の流れをくぐり抜けて今日に残っているという。

(2)中世においては「王侯への忠誠」が愛国心であった。

(3)カトリック教会分裂後のヨーロッパでは、国家が全ての問題において至上権を有するようになり、祖国そのものが神を押し退けて「国家は神」として現れ、人間から最高の忠誠と奉仕を要求するようになる。

(4)しかしながら、国家が神聖な祖国として燃え上がるためには、内部の問題を民主主義的方法によって解決して行く必要が生まれ、民主主義によって「一つの祖国であることが出来るように」と変遷する。民族のメンバーが言語、文化、習慣を共有するとはいえ、なお、思想、信仰、利害などに多くの差異と対立とがある。民主主義は各人が合理的な理解能力を持つことを前提に、相反する思想、信仰、利害であっても自由な討議を通じて了解と一致に導く。こうして、近代の民主主義がエスノセントリズム(民族中心主義)に合理化を施し、原始的棘(傲慢、偏狭、残忍さ)を抜きとっている。こうして愛国心は民主主義によって近代化される。

(5)更に愛国心は個人及び世界の確立という考えによって近代人にふさわしいものに高められた。国家が彼に何を約束し、何を与えるかということと、彼が国家に対して行うサービス、この両者の計算と比較は、人間が自由な個人として、また自己の生活に責任ある個人として定立してこそ実現し得る。最後の責任は自分が負わねばならぬものであるから、頼むべきは自己の判断と良識であろうと。要は盲目的愛国心でなく、当然そこにギブアンドテイク的取引が在ってしかるべきことを述べている。

(6)「愛国心とヒューマニズム(人間性)とコスモポリタニズム(世界市民主義)との関連」にも言及し、もはや自給自足の一国平和主義的発想は成り立たないこと、その根底に愛があることを想定した表現となっている。

(7)愛国心は民主国家を越えつつある。

「愛国心の対象である民族国家は、今日拡大のうちに半ば呑み込まれている。ヨーロッパ合衆国(EC)のプラン、国際連合も、この傾向の自覚を通じて、人間の運命を危機から救おうとする努力の現れである」といい更に、「個人及び世界を背景としつつ、民主主義によって合理化されるとき、愛国心は真に近代人のものとして成立する」という。ボーダーレス時代の今日を予見したグローバルな視点から見た愛国心である。

(8)愛国者の条件

「我々日本人として、愛国的であるためのミニマム条件とは何か?我々は過去において愛国心に取り憑かれて来たし、今は愛国心の生んだ罪過の前に立ちすくんでいる」として次の5項目を挙げている。

     同胞への愛情、②寛容の態度、③戦争との絶縁、④社会の拡大、⑤身辺の小問題を大事に。

①は過去の日本人の愛国心がただ天皇への絶対的崇拝に終始したことからの反省として、今後は同胞への愛を考えるべきこと、

②の従来の日本人の愛国心が寛容の精神を欠いていたとは、第二次大戦中、非国民という言葉も存在したように、思想、信仰等の個人の自由への寛容の重要性を言い、

③は愛国心が直ちに戦争への参加ということでなく、もはや、戦争が問題解決の唯一の方法ではないという願いを込め、

④は愛国心の根底にある民族国家という考えが究極的意味を失い、世界が一つになりつつあるという認識に立ち、

⑤は少し分かりにくいが、日本人が、血生臭い志士的伝統を負うという認識からの反省として、より個人的発想に立つべきことを言っているようである。

しかし、著者は同時に愛国心を生み出す力は教育にかかっているとし、

「各国の教育史が示すように、教育は先ず国家のメンバーの内的結束を狙った事業であった。いかなる国も初等教育の読本は、愛国の歌、国民的英雄の物語、半神的祖先の業績などで埋められ、地理の時間には、その国土が神の贈り物であること、経済的及び軍事的に優越した条件を与えられていることなどが教えられ、歴史の教師は、その国の光輝ある勝利の伝統を語り、その課せられた使命に触れ、この使命の実現を阻むものとして他国を指摘する。その上、学校では国歌を歌わせ、国旗への敬礼を行わせ国家の運命を想起させる祝祭日に一定の行事を行い、国土への愛情を強化し組織する。人間の自然的感情が国家にとって望ましい形式を与えられる。…人間は出生により国家の中に投げ込まれ国家を運命として受け取り、教育により人間は自己の運命の上に居直る」と。

私は清水先生の慧眼、見識、勇気ある発言に感服しながら読み終えた。

この論旨を肯定するか否定するかは個々人の自由であろうが、私は全体の文脈から見て、民族統一の原点としてこの愛国心教育は初等科において学ぶべき重要点であると考えている。その上で更に長じて民主主義を学び、ある程度まで民族意識を薄める形に愛国心のあり方を矯正し、更にグローバルな国際環境の視点から「国際貢献」という高邁な理念にまでこれを昇華さすべきであると考える。

冒頭のエピソードに戻りたい。

エピソード1:は日本が全く民主化されない時代の、盲目的、没我的愛国心であり、勿論今日あり得るものではない。しかし愛国心は死をも恐れさせないことを示しており、当時の「教育」が明確な「敵」を存在させたことを感じる。

エピソード2:は民族意識の強さを感じるもので、まさに教育の成果である。ブラジルにとって民族意識に立脚した愛国心は現段階では必要なものと私は受け止めている。

エピソード3:はアメリカのように民主化の洗礼を受け、高度の文明国においても死を前提とした愛国心が有り得ることを知る。私はその根底にキリスト教精神に基づく正義感が優先して存在するものと受け取った。

同時に、このインタビューから私は、「日本の平和ボケ」は政府がこの種の問題をタブーとして一切教育せず、また宗教心に薄い国民として宗教が育てる正義感やヒューマニズムからも遠いこと。従って予測された答ではあったが、教育しない不作為の恐ろしさと無念さを感じさせるものであった。

とはいえ日本人はもともと賢明な民族である。今ようやく政府主導の国際貢献のほかに若者を中心に国際ボランティア活動も進展するなど、修正の方向にある事は評価に値する。

愛国心の問題の取扱いは確かに難しい。戦後日本は技術力を中心に経済発展し、その結果、経済力が「武器」の役割を果たした。鉄鋼が、自動車が、電子機器が、マネーが武器として他国に攻め込み、あえて血を流す兵器を取る必要はなかった。日本人に民族意識がなかったと言えば嘘になろう。

エピソードとして取り上げたあの若者達も教育次第では、日本社会のため、日本国のために単に経済戦士として活躍することにとどまらず、国際的視野にまで昇華された高邁な「愛国心」を持ち得るに違いない。

世界の歴史が示すように、常にトップランナーたりえた国はない。日本も何時かまた、新しく世界の舞台に登場する国に席を譲ることになろう。そういう地位からまた再浮上するために、基本的な民族意識と愛国心教育はやはり不可欠の課題であると私は信じている。

原文:平成3年、加筆訂正(2005.06.27

 

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