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2005年11月11日

2005/11/11

32:志高く、「ミツトヨ物語」

32nokongiku今日は精密測定機器のマイクロメーターや三次元測定器という超精密測定器のトップメーカー「(株)ミツトヨ(元、三豊製作所)」の、志高い創業物語を書こう。

たしか1988年の春、ハワイのプリンセス・カイウラニ・ホテルでの出来事であった。デスクの引き出しに「バイブル」と「仏教聖典」とが置いてあった。仏教聖典とは珍しいと思ったが、その寄贈者が「ミツトヨ」と知って更に驚く。(配布は「財団法人仏教伝道協会」でなされているが、この協会は昭和40年、ミツトヨ創業社長の私財寄進により公の機関として発足したという)

技術者の私はマイクロメーターを使ったこともあり、ミツトヨという名前はよく知っていた。しかし何故ミツトヨが仏教伝道を?という疑問は解けないまま月日が過ぎていた。その後私は1997年に仕事でミツトヨ本社を訪問する機会があった。商用を済ませた後、私はF部長にかねての疑問を投げかけ、創業社長の高い志を知った。当時、仏教聖典はすでに36カ国語に翻訳され、530万冊が世界のホテルに寄贈されていると聞いたが、今日ではさらに伸び700万冊にも及ぶという。

明治30年(1897)広島県生まれ、大正14年(1925)カリフォルニア大学経済学部大学院出身のこの沼田恵範社長は、僧籍を持つ身であったことから仏教の世界的普及を図るべく、その資金作りのために創業を志したという。いかにもミスマッチな「精密計測機器」が何故選ばれたか?

「当時(昭和初期)この種の機器は輸入品であり、これを国産化しても、日本の他の業者を傷付けることはない。仏教を志す者が徒に相争い、人を陥れてお金を稼ぐことでは駄目だ」と。こうして三豊(ミツトヨ)製作所は1934年(昭和9年)、マイクロメーターの本格的メーカーとして出発する。

その後我国は戦後復興を成し遂げ、更に国際化時代を迎え世界に大きく羽ばたくという好機に恵まれたこともあり、同社は今日国内外に従業員約4,500名、連結売り上げ950億円、国内外事業所合計45社にも及ぶ大企業に成長している。この過程で創業社長の播いた仏教の普及活動は更に推進し、開花しているのである。
ちなみに、「英訳仏教聖典」はこの初代社長が1962年(昭和37年)刊行したという。

三豊の社名の由来については、頂いた資料に次のように書かれていた。
「人間として立派になるには、智・仁・勇の三つが揃わねばなりません。また、事業として成功するには天・地・人の三つが必要です。天の時、地の利、人の和を得てこそ、初めて事業として成功します。仏教が弘まるには仏・法・僧の三宝が基本であります。立派な人間が沢山育ち、事業も繁栄し、正しい宗教も弘まって世の中が平和で、各人が楽しかれと願いを込めてつけたのが『三豊』という名称です」と書かれている。

以前我が家の近くにカナダ人のキリスト教宣教師が住んでいた。彼はカーペットメーカーの社員として、日本で素材の化繊を買い付けてもいたが、月の大半は韓国から台湾、東南アジアまで布教のために巡回していた。

私はある時布教活動費について尋ねた。「社長はカーペット会社の利益の10%程度を活動費に充てている」ということだった。
沼田社長もアメリカ留学中キリスト教のそういった布教活動方法ををつぶさに見聞して、創業を思い立たれたことは想像に難くないが、「精密計測機器」を選択されたという着眼には全く感銘したところであった。

休日など、私は時々キリスト教の布教に巡回してくる若い女性グループの訪問を受ける。「我が家は仏教でしっかりやっていますから」と断る。しっかりやっていると自負するような活動はしていないが、日本人としては春秋の彼岸行事やお盆行事は大事にしている。子供の時からの仏教の教えや習慣がいつの間にか身しみ込んでいるのである。そういう年配の私を捕まえて、門口での勧誘が奏功するはずもない。

沼田社長ほどの信念や執念はないが、そう簡単には改宗などしない私である。(2005.11.11)

(株)ミツトヨホームページ
http://www.mitutoyo.co.jp/corporate/idea/index.html

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