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2006年2月2日

2006/02/02

41:「ボストンに恋して」を読んで… 祝日をもっと有意義に

2月11日の「建国記念の日」が近づいて来た。私にとって毎年単に休日として過ぎてしまうことの多い祝日だったが、アメリカの「感謝祭(サンクスギビングデー)」に触れた冒頭の本を読んだとき、大いに反省した。国旗だけは忘れないように掲揚しよう。そう決心している私である。

ある日私は、近くの市立図書館で「ボストンに恋いして」(山田久美著)という本に出会う。最近読んだ「アメリカ素描」(司馬遼太郎著)の中にも「清教徒感覚」と題してボストンに触れたエッセイがあり、何となくこの街の魅力にひかれていた私は、ためらいもなくこの本をラックから引き出していた。この本で私はアメリカの「感謝祭」と感動的に出会う。
著者は夫君のマサチューセッツ工科大学客員研究員としての留学に同行して、3才の長男とおなかの子供を連れて1年間を共にボストンに過ごす。この時のもろもろの異文化体験を、素晴らしい感性で綴ったのがこの本であった。

「プリマス、ボストンを南へ65キロほど下がったところにある小さな港町である。長い防潮堤の端まで辿り着き、駐車中の車の列越しに彼方に目をやると、かの『メイフラワー2世号』が波静かな入江に浮かんでいるのが見える」。
「メイフラワー、さんざし(山査子)は、のちマサチューセッツの州花になった。この花を彫り込んだ船体は、全長35メートル、幅約8メートルの帆船である。…1620年12月16日、わずか130人余りを乗せたこの小さな帆船が、大西洋の荒波を越え、ついにここプリマスに錨を下ろしたのは、本国イングランドのプリマスを出帆して以来、実に3ヶ月と10日後のことであった…」

「私達が訪れた10月の初めでさえ、海風は身を切るように痛かった。上陸した102人のうち半数が春を待たずに新大陸の土に還ったと、記録に残されている」。
「そのかみ、インディアン、ワンパノーアグ族の大酋長マサソイトは上陸の冬、巡礼始祖たちがバタバタと倒れていったとき、突如現れて救いの手を延ばした。大酋長の号令一下、インディアンたちはみな優しかった。当座の食物や、トウモロコシなどの作物の種を分け与え、収穫まで面倒を見た」
「やがて実りの秋を迎える頃、始祖たちは自分たちがこの地で生きて行かれることを知った。彼らはその感謝の意を表すために、ささやかな獲物を心を込めて料理し、総出で大酋長を招いたのだった。喜んだインディアンたちは手土産持参でやって来た。饗宴は3日3晩も続いたという。これが、今日のサンクスギビングデー、感謝祭の始まりだ。全米の祝日である」と。

私の、祝日についての意見を述べる前に、私がこの本で感動した点(恐らくこれがこの本のハイライトと思われる)を紹介しよう。かってべ平連(ベトナムに平和を)を主催していた小田 実さんの本に「何でも見てやろう」というのがあった。それが「…見てやろう」なら、この本は「何でも体験してみよう」である。そのバイタリティに先ずは敬服する。

著者は1年間のボストン滞在中、ハーバード大学の夜学(イクステンションスクール)でボストン史を学ぶ。長男を幼稚園に送り、次男をラマーズ法で出産し育児する合間の出来事である。

滞在中の家具を「ガレージセール」で買い揃え、帰国時にはまた、したたかに綺麗さっぱりと処分する。アメリカ人の知恵の実践だ。

伝統の料理研究グループにも参加して料理を学ぶ。料理こそ文化そのもの。私が時々書いている男の「文化論」とは一味も二味も違った、日常生活にしっかりと根を下ろした、女性ならではの色香と味わいのある文化だ。

大学関係の知人、友人をを招いて開いたホームパーティも、彼女の時間を飾った思い出であろう。

積極的にアメリカ社会にとけ込み、アメリカ文化を受け入れた彼女の生きざまが各所にかいま見られる。若さもさる事ながら人生への取り組み姿勢の良さが光っている。

この本は、限られた1年という留学期間を緻密に計算し、時間と機会を見事に生かした彼女の、時間的・空間的密度の高い留学体験記であり、青春時代を飾るモニューメントとなっている。

彼女の行動力の源泉は何であったか?それは彼女の語学力であろう。英文科を卒業後結婚まで高校で英語の教鞭を取る。夫君も大学人文学部の講師という境遇にある。

その彼女がアメリカ史の原点というべきボストンに生活実践の場を得たのだ。そして綴った「メイフラワー号とプリマス」。夜学で学んだ「ボストン史」の一幕であり、英文学の蘊蓄と青春の情熱を傾けて書き上げた一文である。

ひるがえってわが国の「建国記念の日」、右翼団体など一部の人の祝福の声のみが街頭に響く。歴史の古い日本であれば人を納得させうる史実を明確に示せない悩みもあろうが、成立の意義について語る人は殆どいない。いずこの国にも建国の日はあるのだ。もっと素直に国の誕生日を祝ったらよかろう。制定の根拠や史実にこだわる必要があろうか?

多民族国家シンガポールには、4回の正月元旦があるという。西暦の正月、中国歴の正月、イスラム暦の正月それにヒンズー暦の正月である。そこには各民族の誇りと、伝統を守り維持しようという民衆の情熱が感じられる。

本来国民の祝日とは、国家の、民族の、国民一人一人の意義深い祝日であるべきである。バレンタインデイやクリスマスといった商業資本に踊らされたきらびやかな外来の行事や習慣を祝う前に、誇りと情熱を持って自国の祝日を盛大に祝うべきである。愛国心うんぬんと声高に言わずともおのずから、国を愛する気持ちが醸成される筈である。

私は思う。政府、教育機関、マスコミ、商業資本、国民が一体となって、祝日のあり方、祝い方を考えねばなるまいと。祝日が単に、宮中行事や政府関係者の行事に終わっていては、バレンタインデイやクリスマス行事などに敗北するのは当然のことである。(原文:1992.03、一部修正2006.02.02)

山田久美   ボストンに恋して 主婦と生活社 1991. 4. 8  初版
司馬遼太郎 アメリカ素描     新潮文庫     1989. 4.25

    

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