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2006年2月24日

2006/02/24

43:「仕返し主義:ミメティスム」について

43-ume-060224 漸く我が家の梅もほころび始めた。けさ撮った梅のスナップ写真で冒頭を飾る。
さて、今朝のビッグニュースは女子フィギュアスケート荒川静香選手の金メダル受賞だ。全日本人の期待に答えての快挙、有り難うという気持ちである。

今日は難しいテーマに挑戦する。2006.02.21の朝日新聞夕刊に「仕返し主義」今も死なず…「ミメティスム」で読むアジア…A・ブロサ氏に聞く
という記事があり私の目を引いた。渡辺延志記者のインタビュー記事である。
初めて聞く難しい表題であるが、私が日頃感じている「日中或いは日韓などの近隣諸国との外交がどうしてぎくしゃくするのであろうか」との疑問に参考になるような内容であったので熟読した。

A・ブロサ氏は「ミメティスム(訳:仕返し主義、模倣の論理など)」という概念を提起するパリ第8大学教授。東京大学に客員教授として2月上旬まで3ヶ月滞在したという。

私なりの要約だが「西欧は隣国との紛争、怨念の歴史などを、『ミメティスム』を超克して解決してきたが、日本を巡る東アジアの紛争にはまだこの『ミメティスム』が生き残っている」というような内容であった。

以下に、渡辺延志記者による同教授の発言記録を私がさらに要約して列記する。

①:西ドイツでは60年代に、若者たちが「父親たちが何をしたか」を問いつめることなどを通じて、「ミメティスム」から大きく転換し、政治指導者も国民の(圧倒的)多数も、ドイツ人の名において第三帝国(ナチス・ドイツ時代のドイツの呼称)の下でなされた戦争犯罪の責任を引き受けるようになった。過去をめぐる問題で日本とドイツの最大の相違点である。

②:西欧と東アジアとで何が違うか?について、ブロサ教授は欧州人の視点として、
「地理的条件」を上げ、(欧州は)小国が隣接し、民族も文化も混合した共同体化が進み、「仕返し」では何も解決しないと、相手の立場を理解しようとする大衆の開かれた態度が暗黙の了解を成立させた。

③:しかし西欧とて、地域で事情は異なるという複雑さがあり、例えばバルカン、フランスも旧植民地との間には難しい問題を抱えている。

④:日本の政治家の植民地支配や、アジア、太平洋での戦争などをめぐり公然と繰り返される問題発言は「校庭シンドローム」といわれるレベルの「ミメティスム」。これは子供同士の校庭での喧嘩で「どっちが先にやったか?」という先生の問いに双方が「あっちです」と答えるようなもの。

⑤:北方領土、竹島、尖閣諸島…など、隣国間の領土をめぐる紛争は、仏独が長年領土と資源に関して争ってきた問題(アルザス・ロレーヌ)に類似しているが、「領土紛争は、19世紀的ナショナリズムのモデルであり、欧州では意味を失った。(日本の紛争の)背景分析として「戦争が可能なオプションとして残っている」からであろう。

⑥:日本の政治指導者が歴史をめぐって隣国と摩擦を高める発言を繰り返すのも「地域的な覇権をどちらが握るかという”帝国の幻想”が東アジアでは死んでおらず、国家間の対立をあおるために偉大な過去をあおる必要があるのであろう」とみる。プランスにもポピュリスト(大衆向けの政治家)がいるが取り上げるのは治安。歴史や領土では受けない。

⑦:さらに教授は「日本は単一民族国家だといった国家をめぐる言説がいまでも有効だからではないか?」とした上で、「国家の偉大さを誇りとするような公的な物語とは違う語りを考えてゆくことが大切」と結ぶ。

これらに対して私は幾つか意見、疑問がある。
に関していえば日本はドイツほど徹底した反省が若者から起きて来なかった。その理由は恐らく国民性と教育のせいであろう。国民性としてドイツ人ほどの徹底性を持たない。教育に関していえば「近現代史」は歴史的に評価が難しいという点や、関係する当事者が現存するなどその取り扱いが難しいとして避けて来たのではなかろうか。
は地域差、民族、宗教問題の難しさを予感させる。「ミメティスム」の超克程度では解決出来ないという意味とすれば、「ミメティスム」では括れないことになる。
の「戦争が可能なオプションとして残っている」という見方は日本は戦争放棄を宣言した国である。どうしてこのような認識となるのであろうか?
で、”偉大な過去をあおる”とは、ポピュリスト、ナショナリストとして国内向けの宣伝という意味であろうが、私は日本政府がそういう立場で扇動しているとは思わない。偉大な過去をあおることが出来るのはむしろ中国側であろう。
の、「国家の偉大さを誇りとするような公的な物語」とは具体的に何を指すものか?
日本人に、単一民族国家を誇りとする意識はない。

では、西欧の紛争問題の解決に最も効果があったのは何であったか?「ミメティスム」の超克、より大人的な立場での相互理解、ドイツのような徹底した反省や懺悔、帝国主義やナショナリズムからの脱却などが挙げられているが、優先性の指摘がない。
この紹介記事には宗教的対立への言及はないが、西欧社会では、アイルランドの問題を除けば問題は無いのか?日本が抱える問題は最も初歩的な「ミメティスム」の段階であろうか?などなどである。
妥協という言葉には不純さが残るが、真の妥協があってもよいのではないか?民主主義的な正と反との多数決ではなく、正・反の両者がいわば悟りともいうべき高次元の立場で合意に達することである。私流の弁証法といようなものである。西欧ではこういう悟り的解決策はないであろうか?

アジアの問題で、私はかって日本は『アジアの兄貴分』的責任を果たすべきと考えていた。1993年(平成5年)7月5日付き産経新聞に掲載されたシンガポールの聯合早報記者ゴー・シン・フィー女史の寄稿を読むまで。
「東南アジア諸国連合(ASEAN)各国は、互恵の精神に基づく限り日本からの投資を歓迎している。しかし、日本が『アジアの兄貴分』といった感覚で臨むなら、かっての軍事力にかわる経済侵略と映りかねない」と。
彼女は当時日本の中小企業の実態をテーマに来日し、「企業視察などを通じて日本人の接遇態度や職場規律に注意してみると、日本が伝統の精神風土と近代技術とをうまく結び付けていることがよく分かった。高い生産性や品質管理はその好例だろう。…だが、日本の経済的繁栄ぶりをみると、日本人がかっての米国のような優越感をアジアに対して抱くのではないかと不安になる。…日本国内では大資本に圧迫されている中小企業も、東南アジアに出てくれば今度は地元の中小企業にとり脅威となる。『技術移転』は常に歓迎されているが、企業進出に伴い『問題移転』が起きるのは好ましくあるまい。『誠実に商売を』という点だけは忘れないでほしい」と。
日本はアジアの兄貴分として相応の貢献をなすべきであると考えていた私はこの指摘に「参った」という思いであった。
以後、経済関係では互恵・平等の精神ですでに良好な関係にあるように思う。

2006.02.20朝日新聞(朝刊)に麻生外相の発言「靖国(問題)がなくなればすべての問題が解決するかと言うと、そうはいかない」との発言が掲載されていた。残念ながら私も同感だ。靖国は彼らが抱く疑問点の一つであっても、恐らくそれが全部ではあるまい。とすれば何が必要であろうか。

前述のように我が国の歴史教科書では近現代史の取り扱いが僅少であると聞く。私は、「近現代史」知識に疎い戦後派世代の不穏当な発言が近隣諸国との間で摩擦や物議を醸し出したというような事件の有無を知らないが、関係国間で進められている歴史認識の齟齬を調整する作業は、より迅速に積極的に進められることを望みたい。そこから東洋的な解決策として、「互譲」、「恕」などの具現化が図られるのではなかろうか。

中国は偉大なる文明を持ち、偉大な歴史を持つ文化国家であり、これまで我々は多くを学ばせて貰った。中国はいわばお師匠さんの国でもある。
しかし、近代化への遅れが、広大な領土と人口などのためか、民度、経済力などの面で地域差や職種差を生み出している。もし我々の兄貴分的な発言や対応が、彼らのプライドを害しているとすれば、その点は改めねばならないが中国は大国であればこそ、悠揚迫らぬ余裕のある大人の風貌で接して欲しい。何といっても一衣帯水の隣国である。

他方、2006.02.23朝日新聞(朝刊)は、韓国が1965年の日韓国交正常化に基づき、戦時中の徴用被害補償を(日本に請求せず)国内問題として処理すると報道しており、私は韓国の対応を大人の判断として好感した。

一般論であるが、哲学者竹田青嗣さんは「誤解を恐れずに言えば、哲学の力は何よりも『単純化し、簡明にし、原理化する』力であり、そのことによって、よく『考え方の原理』を教えるもの」という。
この流儀でいえば私は東北アジアの国家間問題をA・ブロサ氏が指摘する「ミメティスム」の超克だけで解決することには無理があるのではないか?という印象を持った。ミメティスムについての日本における反響、私の誤解、偏見などに関して後日、渡辺延志記者の意見を聞きたいものである。(2006.02.24)

竹田青嗣:「自分を知るための哲学入門」筑摩書房(ちくま学芸文庫)、1994.9.20 第5刷
むすめへの伝言板: http://ishii807.at.webry.info/

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