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2006年3月31日

2006/03/31

47:10年前のドラマ

今朝(20060331)の朝日新聞は経済欄に「世銀が『日本ついに不振脱した』と、29日の東アジア経済に関する報告書に発表」とあった。バブル経済とその崩壊の責任者、銀行、土地開発業者などの後始末を「金利ゼロ」で協力させられた庶民こそ、その功労者である。060324の朝日新聞社説は、米国の碩学ガルブレイスの著書「バブル物語」から「金融上の記憶はせいぜい20年しか続かない」を引用して「バブルの警戒を怠るな」と結んでいる。この「記憶はせいぜい20年…」がよく分からない。人は失敗の記憶が薄れて同じ失敗を繰り返しているのではあるまい。世代が交代し、先人の失敗の歴史を学ばなかったことによるのではなかろうか?と。
では10年前の社会で、どのようなドラマが起こっていただろうか。平成8年(1996)3月15日に書いた一文をパソコン内から探し出した。歴史の一部でもあるが、なお上演中でもある。

「制度疲労」と「材料疲労」という言葉がいま話題となっている。金属材料を専攻した私は、例の「高速増殖炉もんじゅ」の事故原因が、温度計の「さや」の材料疲労につながった設計ミスにあったことはよく理解できるが、制度疲労の問題はその定義、原因、対策などよく判らない。しかし身の回りにそれらしい話題は豊富にある。

例えば住専問題に端を発して大蔵省の機能が指摘されている。住専問題では更に農協のつまずきがあり、戦後新しい流通業として定着しているかに見えた生協も問題を抱える。労働組合も今や何を争点として経営陣に迫るか目標を失っている。共産主義の崩壊も全く同根であろう。これらをひとからげにして制度疲労と片づける訳にはゆくまいが、原因の第一は国際化の進展であろう。その波にうまく乗った者にはストレスも疲労も起こるまいが、乗り損ねた者は引っ張られ、押しやられて疲労しているように思われる。 

生活協同組合はイギリスが発祥地、その後ヨーロッパ各地に発展したというが、その先進国ヨーロッパのオランダでは既に70年代の終わりに生協連合会が倒産、80年代にはフランス、ドイツで生協が倒産、90年代に入りオーストリアの生協が怪しくなていると最近号の「アエラ(AERA)」が報じている。日本でも先般北海道のある生協が倒産したと報じられた。
生協は出資した組合員のために無公害洗剤の開発、有害食品の追放や安全性の問題に取り組み、いわゆるコープ商品の開発、供給、低価格運動、産地直送運動に取り組み、庶民の味方として組合員の協同により発展してきた。EC圏の問題は別として、日本での倒産の原因は専門スーパーとの競争に敗れたということではなかろうか。その背景には、育てて買い込むという国際調達能力の差の問題が予想される。

農協も肥大化が進み、職員38万人は農家9戸に1人の割合という。農家から集めた資金が如何に豊富でも、この経済低迷の時代、運用の素人では如何ともし難く、住専という落とし穴に落ちた。国際化時代には生協、農協を問わずオリンピックに出場できる程の専門能力を持った人でなければ通用しまい。国際化の進展はもはや素人商売を許さない。

3月6日、産経新聞朝刊は厚生省がついに重い腰を上げて、外国製化粧品の平行輸入の手続きを簡素化して、既に海外メーカーから輸入されている製品であれば、平行輸入業者は外国メーカーの成分証明書を提出しなくてもよいこととしたと5日発表し、15日から実行するという。血液製剤と異なり命に関わるほどの重大なダメージはないとしても女性の肌の問題だけに、神経質になったことも判らない訳ではないが、それ程の慎重さがあれば、多くの死者を出した輸入血液製剤にはもっと敏感に反応してよかった筈である。確かに規制緩和には両刃の剣という危険性がある。しかし政府方針が出ている以上、他国の実態を良く学びつつ、もっと積極的に対応して欲しかった。

3月10日朝、読売テレビはミドリ十字の生い立ちと経営者の企業モラルを暴いていた。初代内藤社長は例の731細菌部隊の出身で、朝鮮戦争を契機に血液の需要が逼迫した折、ミドリ十字の前身企業を設立し、その後幾つかの人体実験などの非人道的事件を起こしてきた。そういう事件の鎮静化のために厚生省からの天下り人事を必要としてきたともいう。この会社には、掛け替えのない生命を守る医療に対して、もともと企業家のモラルが欠落していたのではと疑わせる報道であった。

そのミドリ十字の社長や役員が土下座してHIV訴訟原告一同に陳謝する画面が14日、一斉にテレビに流れた。江戸時代の大岡裁きの白州を見るような異様な風景にしばし目を見張る。命を落とし、或いは日々死の渕に臨んでいる原告側にしてみれば、その程度のお詫びで許せるものではなかったろうが、一歩前進に安堵したことであろう。他方社長らは企業人としての最大の屈辱を歴史に残し、天下に曝し、その責任の重さをひしひしと感じたことであろう。ともあれ、HIV訴訟問題は闇の中に曙光が見え始めたというところであるが、厚生省を巡る一連の報道の中にも法の疲労が感じられる。民主主義の前提として、法は最大多数の人の幸福のためにあり、決して一部の企業や人の利益のためにあるのではない。しかし癒着が法を曲げ、その法の番人として官僚があったとすれば恐ろしい世の中である。

3月9日朝日新聞夕刊の「窓」(論説委員室から)は、先に橋本・クリントン大統領会談で、大統領が住専問題の処理法を支持したというのは事実ではないと報じている。私は、初めからあの報道に疑問を感じていた。橋本首相の報告には「大統領は、国民に恨まれるような政策であっても、やるべき時には断固決断しなければならない」と理解を示し、支持してくれたというような表現があった。成るほど、大局的に見て必要があれば国民に苦い薬を飲ませることは正論であろう。例の消費税率のアップ、私はこれからの高齢化社会を考えれば、やむを得ない選択として支持している。しかし、住専の欠損の穴埋めに税金を持ち出すことは理屈に合わない。たとえその処理が金融システムの安定化と、国際間の信頼の確保と、景気の回復に寄与するとしても、失政をすり替え湖塗しているという庶民感覚までを拭い去ることはできないのだ。行政の判断が正しく、早め早めのブレーキをかけておれば、脱線転覆する程のショックにはならなかった筈である。バブル最盛期、マスコミは連日、暴力団介入の地上げの実態を報道した。その暴挙を行き着くところまで放置した責任は誰にあるのか?勿論、現行法では、恐らく早期規制は難しいに違いない。しかしそのために政治家がいるのであり、政治家の怠慢は看過できないところである。

転変し流転する現実であれば、法律や制度だけが50年も100年間も生き続ける筈はない。だが現実は何か問題が起きるまで「法」は厳然として生き続けている。制度は疲労に喘いでいるといえよう。
その点、企業は良くも悪くも組織を変え、制度や規則を取り払う。良くいえば柔軟であり、悪くいえば無節操でもある。
例えば朝令暮改。無定見、無方針のように教わってきたが今や美徳になった感すらある。「社長、その方針は今朝のご指示と違います」と答えたところ「状況は刻々と動いている。朝の判断が夜までそのままということ自体おかしい」と答が返ったという。真に事業に責任を負う者の対応とはそのようであろう。真剣に状況を観察・分析しての判断、結論であれば、朝令暮改も当然という時代なのである。何故なら世界は24時間働いており、ライバルは眠ってはいないのだ。
ここまで書いてきて、3月10日の産経新聞に堺屋太一さんの名せりふを発見する。大阪五輪への道(2008年への立候補)と題した記事の中に「イベント誘致は戦いです。競争相手と戦うのではありません。自らの創造力と戦い、過去の壁と戦うんです」とあった。
たとえ朝令暮改であっても、事業とは自分のあらゆる創造力を駆使して描き出す絵であろう。ライバルは同業者ではなく自分自身である。時は移り、見る人は変わっても、その名画には時代を先取りした先進的創造性が見えなければならぬ。時代が要求する先進性・必然性という大義名分があれば事業の利潤は当然の権利として受け取ることができよう。
問題はこうした民間の柔軟さと、法の番人としての政府の硬直さとの良い意味での攻めぎ合いと緊張関係とが必要ということである。政府だけが悪いのではない。企業には法の網をくぐり抜けることに努力を惜しまない悪魔が住んでいるのだ。

終戦とともに、ジープに乗ってやってきた米兵(進駐軍)がGIであった。彼らの制服その他が官給品即ちガバーンメントイッシューであった。
私のおやじは「お上」という言葉をよく使っていた。貧しかった郷里ゆえにお上意識の強い県民性を持っていたのではなかったか。薩長土肥の一角を占め、明治維新の政界で活躍した第1世代、そのあと陸士・海兵を経て活躍した第2世代は頭脳明晰で健康に恵まれた青年であり、国を守り、立身出世もした。彼らは将校であり、厳密にいえばGIにはあたるまいが、おやじには全てが「お上」から支給される彼らに羨望を抱いていたのかも知れない。ただし私に陸軍や海軍に進学せよとはいわなかった。とてもそのような能力のある息子ではなかったからである。
そのおやじの時代から7、80年を経過したが、日本になお「お上」意識が残っている。3月3日の朝日新聞社説は「農協金融は原点に戻れ」の最後に「農協が生きる道は『お上』に頼らず改革を断行し、自己責任にのっとった経営体質をつくりあげることである」とあり、思わず笑うところであった。「お上」は生きていたと。

3月1日の朝日新聞のコラムに日本郵船相談役宮岡公夫さんが、「なお残る官尊民卑意識は、むしろ民間が助長している」とその風潮を嘆いている。「役所は勲章も天下りも民間コントロールの手段としているが、それを有り難がる経済人の気がしれません」と。
この「天下り」という言葉の中に「お上」がある。天下りは高級官僚の定年のあり方に問題の本質があることが指摘されているが、確かにもともと優秀な人材が長年の役所機構の中で、人脈を作り、情報収集力、分析力、判断力、指揮・統率力を身につけているのであり、50才あたりで定年というのは国家的損失というべきであろう。その知識、見識、経験の全てを国家に奉仕してもらうためには50才定年制から改めるべきであろう。

オンブズマン制度という行政の挙動を監視し、庶民の苦情処理の役割を果たす制度も少しずつ機能し始め、昨年は「官官接待」の実態を浮き彫りにした。勿論県庁の役人には、県民の幸福の懸かった企画・施策のための予算獲得という大義名分と責任があり、接待は省庁によく理解して貰うための「場を代えて行う業務」という認識であったろうし、罪悪意識などはなかったかも知れない。全てが悪というには当たるまいが、とかくこの種の予算は際限なく増大する恐れがあり、予算は公開して実施してはどうかと思われる。

最近の世相を見ていると、子孫のためにと努力してきた我々のこの50年間とは一体何であったか?と疑問と空しさを覚える。物だけが豊かになり、心の豊かさを忘れてきた日本人。社会は今や悪の栄える温床となっている。企業は法を無視して悪徳商法に走り、若者は物欲に狂い殺人に走る。どこでどのように道を間違えたか?今後しっかり検証しなければならない。原文:平成8年3月15日、(2006.03.31アップロード)
住専
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%8F%E5%B0%82#.E7.89.B9.E5.AE.9A.E4.BD.8F.E5.AE.85.E9.87.91.E8.9E.8D.E5.B0.82.E9.96.80.E4.BC.9A.E7.A4.BE.E3.81.AE.E7.A0.B4.E7.B6.BB.E5.95.8F.E9.A1.8C
もんじゅ事故(1995.12.08)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%82%E3%82%93%E3%81%98%E3%82%85#.E7.B5.8C.E7.B7.AF

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