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2006年4月17日

2006/04/17

49:「囲い込み戦略」考

朝日新聞朝刊(2006.04.03)は「関西の私立大、小3cap学校続々開校ラッシュ」 を報じている。開校の目的がもっともらしく色々書かれてはいるが所詮少子化社会到来対策の「囲い込み」、即ち小学校から大学院までのエースカレータ作戦ということであろう。

朝日新聞朝刊は「会員制サービスaspara」クラブの会員募集を時々行っている。(2006.04.17)付き募集では、自動車や液晶TVなどのプレゼントという餌をぶら下げた戦略である。60年間もの読者である私はこの新聞社からこれまで特別の物的サービスを受けたことはない。それでもこの新聞が好きで浮気もせず愛読している。そういう読者が餌をぶら下げたアスパラ作戦を苦々しく感じているのだ。これで読者を新たに囲い込もうという狙いがあるのであろうか?

1: 関西の私立大、小学校続々開校ラッシュ
立命館大学は8日、同志社は10日に初めての新入生を迎えたという。
更に2008年には、
 関西学院大学が宝塚ファミリーランド跡地に、
 奈良学園(奈良産業大学)が奈良市に、
 近畿大学は既存の付属小学校(東大阪市)をあやめ池遊園地跡地(奈良市)に。
2010年ころ
 関西大学は高槻市に開学(小学校から大学院までの計画)予定。
新聞記事は概略以下の通りだ。

立命館小学校 
教育方針
「確かな学力形成」を柱に掲げる。小中高の12年間を3ステージに分ける「4・4・4制」を敷く。
「百ます計算」などの学力向上実践で知られる陰山英男さんを小学校副校長に起用。

小4までの「ステージ1」で、そろばん、暗算教育を徹底させる。
1日3回、授業開始前に音読や計算をする「モジュールタイム」や、1日の最後に復習のドリルをする「寺子屋」の時間も設ける。
楽しみながら勉強できるようにし、「詰め込み」にしない教育を進める。
立命館大学に学部がない医歯薬系大学への進学指導もうたう。

安全対策:駅の改札を通ると登録したメールアドレスに通過した時刻を知らせるICカード型児童証発行という。
入試倍率:新1年生の特別専願入試受験倍率は7倍(一般入試5倍)、
学費:初年度学費約130万円、
給食費:約10万円(大津プリンスホテル)。

同志社小学校 
教育方針
すぐに結果や効果を求める教育に抗し、「道草教育」を唱える。
授業時間は公立より5分短い40分。
毎日英語や言葉の力をつける時間を設けるほか、月数回の「同志社タイム」で体験学習や大学卒業生らによる講演をする。
大学付属だからこその、幅広い教育ができるという。それを象徴しているのが詩人谷川俊太郎さんが作詞した校歌だ。「えらいひとになるよりもよいにんげんになりたいな」。3月30日の開校式で披露した。
安全対策:同志社の校内はガラス張りを原則として校舎内の死角がないようになっていいる。
入試倍率:公表されていない。
学費:初年度学費は約120万円。
給食費:約10万円(京都宝ヶ池プリンスホテル)。

これらの記事に対して灘教育研究所(神戸市)の谷口進師代表のコメントも併記されている。
「小学校選びの物差しには、大学の就職実績や付属高の進学実績もある。小学校で生徒を確保したからといって大学まで進学してくれるかどうかは分からない。別の難関中学を受けるために集中できる環境を手に入れるという考えもある」。

果たして、大学側の狙う「囲い込み」に成功するかどうか。これからが見物である。
とはいえ、モルモットにさせられるのは、進路を自ら選択・決定する能力を全く持たない6歳児である。教育が理想と情熱無しに達成できないことは理解できるが、ここには利潤追求まで絡んでいるようで恐ろしい。

2:新聞社のプレゼント作戦の狙いは何か?
私は「アスパラ」出発直後に入会したがすぐ脱会したという経緯がある。
理由の第1は、アスパラ画面に入りにくかったということ。IDを入れて次いでパスワードをいれると既に時間切れ、再度のトライを要求される。これが気に入らない。私は歓迎されていないのか?と。もっと入力し易い簡単なパスワードにしておけばこの問題はなかったかもしれない。そのような事情からアスパラの機能を十分に理解或いは活用できずに退会してしまった。
しかし新聞さえ読み切れないほどの情報があり、アスパラの当時の記事内容程度であればあえてインターネット画面まで読む必要性を感じなかったのも事実である。逆に言えば現行の新聞には充実満足しているのだ。(三面記事というか社会面を除いて)。
今日アスパラを覗いてみた。確かに当時より充実していた。(しかし私が期待した次の機能はやはり見あたらなかった)

第2の理由は、アスパラには「双方向通信機能」がなかった。一方的に情報を送るだけ。恐らく会員の数に比べてアスパラ関係社員が少なく、読者の質問、疑問へのクイックレスポンス体制などいわゆるオン デマンド機能が持てないのであろう。
また、内容更新のスピードも遅い。週に1回の更新などというのは新聞社らしくない。新聞には既に電子版のhttp://www.asahi.com/ もあり、私はアスパラの狙いや特徴を掴み切れないところだ。

当時私が送信した次の質問にも何らの回答がなかった。
「天声新語」(人語ではない)欄への二、三の疑問を申し上げます。(041010発)

疑問の第1は天声新語の定義の曖昧さである。天声人語は「天に声あり、人をして語らしむ」という。社会の木鐸としての新聞の使命を端的に表明しようとする明治の新聞人の気概がそこに読みとれる。平成の今、この新語は如何なる定義で生まれ、会員に何を期待するのであろうか?当初私は「天声人語」欄が会員にも解放され、いわば天声人語・読者編としてスタートするものと誤解した。以前からこの欄は新聞社のベテラン天声人語・子の聖域と理解していただけにさすがに朝日新聞社は先進的で、新聞を読者と共に作成・編集して行こうという新時代への試みか?と。
天声人語欄は文才で書かれたものではない。成る程文才はジャーナリストの要件の一つではある。しかし先ずは、現象を公正・公平に洞察する力、伝達すべき要件の判断力、迅速適切に表現する能力、加えて取材力である。そういう資質のジャーナリストの筆になるものであればこそ、このコラムにはファンが多い。私も60年来の読者であり、ファンである。
第2の疑問点は「スタイルで…」という表現についてである。
企画は「天声人語」と同じ文字数(620~628字以内)、同じスタイル、毎月のテーマに沿って会員に投稿してもらとある。天声人語と同じスタイルで書くという「スタイル」の概念が曖昧である。
私が理解する「天声人語」のスタイルは、
テーマは隠して書く。
「今」という時事性が柱となっている。
文章の展開には奇想天外な発想がある。
歴史を縦横に渉猟して興味ある事実を拾い読者に新知識を提供する。
文末に落ちがあるという落語的展開。時に苛立ちを禁じ得ず冒頭から文末に飛んで読むこともあるが、日本人好みの文体ではある。
決して散文的随想で終わるものではないと。

では「天声新語」・子にもこのスタイルを期待し、要請するものであろうか?それは難問である。
成る程読者の優位性は、その多種多様な職業・経歴・年令から生まれる発想の面白さである。それだけに余り厳格な制約はあって欲しくないし、取捨選択も面白くない。自由な書き込みを許して欲しいものである。面白い読み物になるという期待はある。天声人語の新版と気取ることもない。ログインして読む会員のエッセイであれば今日問題化している掲示板(BBS)のような心配は恐らくないであろうと思うのだが如何なものであろうか?
(2006.04.17)

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