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2006年4月23日

2006/04/23

50:真のライバルは誰か?

2年ほど前のことであろうか、私は朝日新聞土曜版の「フロントランナー」に640cap 紹介されたLVJグループ代表取締役社長秦 郷次郎氏の経営哲学を読み、社長の手腕、力量に敬意も表したものである。事業としては確か1400億円ほどの事業に成長させたとあったように記憶している。
しかしそのとき私は、「日本女性はフランスルイヴィトン社に何百億円もの献金をしているのだな」と、ため息混じりのつぶやきが思わず口を出た。パリからブランド品が生まれるなら、京都から世界ブランド品が何故生まれないのか?優れた美術・工芸技術の伝統を持ち、かって帝都でもあり、条件は同じではないか。

そこへ先月の、京都の「一澤帆布」のニュースである。兄弟間で事業継承のもめ事というのだ。私の念願、「京都発ブランド」が既に立ち上がりつつあったというのに、兄弟で本家争いをする時期かどうか!ライバルは兄でもなく、弟でもないのだ。私は愛国心も込めて残念に思ったところであった。詳細は関連のサイトで知ることができるが、私が見たあるサイトによれば、

「京都に『一澤帆布』という大変有名なお店があります。主に鞄などの布製品を製造販売されているお店です。これまで25年間一澤帆布さんは三男の信三郎さんが経営してこられました。ところがお父さんである信夫さんの死後、これまでまったく一澤帆布の経営に関わってこなかった長男の信太郎氏が、信三郎さんがもつ遺言状とは別の遺言状をを持って現れました。地元の人間は勿論、観光のお客様にも大人気のお店で、お店は連日満員状態です」…とある。

真のライバルは誰か?について思い出を一つ。1993年秋訪れた宮古島でもこの思いを深くした。この島をハワイのようなリゾート地にしたいというような関係者の思いもあると聞いた。しかし当時、本格的ホテルは未だTホテル、Bホテルの2社だけの宮古島。たしかに宮古島の宣伝ポスターには、「エアーニッポンで飛ぶ宮古島、日本唯一の亜熱帯リゾート地」というような宣伝文句もあったのだが…。      

私が見た宮古島には、珍しい熱帯性の花々が咲き乱れていた。ハワイの花「ブーゲンビリア」や、シンガポールで見た「ありあけかずら(有明葛)」、その他「さんたんか(山丹花)」、「ていきんざくら(提琴桜)」など珍しい花々が出迎えてくれた。
カメラ好きなら、太平洋の彼方の朝焼けの雲間から黄金色に濡れて立ち上る太陽をベランダから撮影もできる。昼間は水平線の彼方に純白の入道雲が湧く。紺青の空にも染まらず。若者はコバルトブルーの遠浅の海でスキューバーダイビング、魚釣り、水泳を楽しむ。大阪から約2時間40分、東京から約3時間の空の旅という手近さもよい。

しかし、ここでもそれなりのお金はかかる。若者が、多くの選択肢の中から例えばグアム、サイパン、ハワイ…ではなく、宮古島をノミネートするにはまだまだリゾート地としての条件が整っていない。ホテル同士は互いに手を相携えて他のリゾート地に対抗できる力を持たねばならない。大型の、洗練されたショッピングセンターも欲しいし、お客が効率よくレジャーを楽しむためには、観光スポットを結ぶアクセスも整備されなければなるまい…と。当時の感想だ。

今日の宮古島はトライアスロン競技や野球球団のシーズンオフの練習場としても有名になっている。空港も整備された。このブログを書くに当たって「宮古島」、当時宿泊した「ブリーズベイマリーナホテル」、「平良市熱帯植物園」などで検索したら、観光地もホテルも遊びも増え、リゾート地として立派に成長していた。訪れた若者のホームページやブログも楽しく読め、13年の歳月を感じた。誤解のないように付記しておきたい。

一般論でいえば同業者はライバルである。だが変化の激しい流通機構では、真のライバルが誰かを見失いがちである。例えば百貨店業界、お互いライバルである前にスーパーなどの大型店舗や大型専門店、通販など、多くのライバルを持つ。

しか服飾などのファッション業界では同業者が先ずはライバルである。一澤帆布は袋物業界のようであり、既に多くのライバルを持つはずである。
そんな中で、恐らくは「帆布」という素朴な生地が、高級品志向の爛熟文化の反動からか、新鮮な時代感覚として若者に受容されているのであろう。しかしお客の心は流行に乗って移って行く。時代を超越できる定番商品を生み出さない限り、流動する嗜好に翻弄される。幸い京都には日本文化を凝縮・象徴したデザイン群がある。生地の面白さを超えて、「京都ブランド」を世界に送り出し、日本女性に自信を持たせて欲しい。

以下は私のつぶやきである。女性の目に触れないことを願う。
LVJによれば今や日本人女性の約4割がルイ・ヴィトンというブランドの商品を持ち、同商品は“ブランド”の代名詞となったという。だが私は、彼女らは舶来品に溺れているのでは?と思う。西洋文明を取り入れて150年。未だに舶来品がこれほどに女性を惹きつける理由はどこにあるのであろうか?
服のファッションであれだけ奇抜、個性的な女性達が、こと「ブランド品」に関しては途端に没個性的となる。私も持っているという満足感や虚栄心で心が癒され豊かになるのであろう。

ブランド品の対価は何で決まるか?恐らく生地・素材などの良さ、デザインの良さ、縫製の良さ、使い易さ、耐久性、修理時などのサービス体制、それに或限定生産という顧客保護にあると思われる。それへの対価なら、ある程度の高価格も許されよう。だが、現実はそうなっているのであろうか?対価にはブランドイメージを維持するためのメーカー戦略もしっかり加味されているはずだ。

ブランド品に頼らずとも、自分の個性に最も相応しい持ち物を選択すればよかろうが、選択に自信がないためにブランド品に走るのではなかろうか。私にいわせれば一目で分かるモノグラム、或いはブランドタグを付けた量産品を、あたかもメーカーの広告塔よろしく持つことは気恥ずかしかろうと。それでも持ちたければ広告塔分だけ値引きして貰ってもよいと思うところだ。(2006.04.23)

一澤帆布のオフィシャルページ:
http://www.ichizawahanpu.co.jp/message/060125.html
ホテルブリーズベイマリーナ:
http://www.nanseirakuen.com/miyako/BreezeBayMarina/plan.html

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