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2006/06/18

54:写真俳句とは何だろうか

桑原先生の「俳句第二芸術論」の中で青春を送った私は長年俳句と相性5420060611 が悪かった。それが20数年前のことだがある日、突然和解出来たのだ。

テレビに映し出されていたこれぞ武蔵野の面影と見た大樹が次の瞬間、方寸の盆栽に変身していた。盆栽の一木一木を大樹に見立てて作る作者の思いの大きさ、素晴らしさ!俳句の17文字も同じではないか!俳句の偉大さを悟った瞬間であった。だが感性の衰えを感じていた私は、以後俳句は味わうものと徹して今日に至っている。

百万言を費やしても表現しきれない大自然の美しさをわずか17文字で切り出し、或いは17文字で大自然の悠久さや普遍性を表現する。それが俳句であろう。勿論そのためにこそ、「定型」、「季語」、「切字」という「表現手段」が存在する。先人の知恵に敬服するところだ。私は前に「俳句の季語は、短詩形の持つ短所を補うべくして生まれた知恵」と考えたこともあったが、いまではもっと積極的に「季語とは感動の深さや広がりを感応的・瞬間的に無限空間に拡大し、17文字をして万語に値する内容にまで増幅させるもの」と考えている。

本来「詩歌」とは、「『言葉の力』で表現する作者の心象(想像力によって具体的な情景を心に描くこと)風景」ではなかろうか。受け手(評価者)の感性もまたその「言葉」を通して作者の原イメージに、如何に肉薄し同化・同調しうるかが問われているように思う。イメージの重要さはわかるが、「写真俳句」とは如何なものか?と。

脳生理学の品川嘉也教授の、右脳俳句入門の書評に次の紹介がある。
「俳句とは、右脳(イメージ脳)で生まれたイメージを左脳(言語脳)で5・7・5の17文字に組み立てる作業である。だからいったん作った俳句を左脳がしゃしゃり出て、みだりに推敲すると右脳のひらめきを潰すことになる」と。

さらに先生は言う。「私はかねて『日本文化は右脳文化である』と提唱している。これは、日本文学が極めて絵画的描画に富むことからもわかるように、絵画的文化であることを指摘したものである。…文学では俳句という世界に類のない短詩型を生みだしたが、それが絵画的描写を生命とする詩型である。…日本文学では、感情を直接に表現することは少なく、風物に託して間接に表すのが常である。それが花鳥風月であり、それを極端に推し進めたものが俳句である。…このような日本文化の特色が、四季の変化と、それに伴う景色の変化に富む風土にはぐくまれて育ったことは明らかであろう(品川嘉也:考える技術)」と。

日本列島の豊かな自然環境、そこから生まれる変化に富んだ四季折々の景観。それこそが日本人の感性を育て、日本人独特の俳句を生み出す背景となったといえるだろう。

では、作家森村誠一さんのいう「俳句と写真とをジョイントしたら、抽象的な俳句の深奥にビジュアルに迫れるのではないかと思いついて提言した」という「写真俳句のすすめ」(スパイス刊、2006.05.24付き朝日新聞のアスパラクラブ・ネクストエージ特集)は句作とどうつながるかが私にはよく分からない。

芸術を標榜した写真(作品)はどのようなプロセスやスタンス(立場、姿勢、見地)で出来上がるものであろうか?私の写真の先生は次のように指導してくれた。

①:何を撮すか、狙いを明確にしてシャッターを切る。
②:構図は極力対象物を中心に置き、最初から不要なものを切り捨ててお く。
③:写真(作品)は作るもの、イメージ作りに不足する要素は合成する、即ち「作為」も許される。
こうして出来上がった写真なら、既に写真も俳句も同じ舞台にあると言いたい。

句作に吟行があるように、イメージ作りに「視覚」は極めて重要であろう。しかし、句作においても目に見えるものが全てではあるまい。網膜に写った映像からムダな部分を消去し、強調したい部分を拡大しなければならない。文字に推敲があるように映像にも推敲が必要である。従って本来カメラのようなものに頼らずあくまでイメージ脳からスタートして自分の作意を心象風景にまで完成さすことではないか?というのが私の言い分である。
(2006.06.18)

参考:
http://soneda.or.tv/patio/patio.cgi?mode=view&no=19

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