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2006年7月6日

2006/07/06

No.55 アイデンティティ…津田梅子から帰国子女まで

2006.06.26付朝日新聞の天声人語子は「アイデンティティ」に触れていた。55060615cap 今日は私もこの言葉について思い出と意見を述べたい。とはいえ私は日頃安直にこの言葉を使うばかりで専門的定義や解釈を知らない。この稿を書くために慌ててサイトを調べたら多くの文献に出遭ったが、ご高説を付焼き刃として紹介するわけにも行かず、文献としてリンクさせて貰った。

「小学校時代に私の脳裏に焼き付いた郷里の原風景と、方言を含む日本語環境」、これが私の「アイデンティティ」、勿論独善的定義である。郷里を出て60年、異文化との衝撃的出遭いはなく特に価値観や人生観の変更・修正を迫られることもなかったが、厳密にいえば結婚もアイデンティティ論争の種かも知れない。だが我が家では、時に飛び出す私の方言を妻は憐れみの表情で聞いている淡々とした間柄である。憐れみと笑いの対象であろうと方言は私のアイデンティティの一部であれば愛着がある。勿論妻はこれを含めて私のアイデンティティとして認めてくれている。

しかしもし異文化と衝撃的に出遭ったらどうなるか?上記天声人語子は、親の転勤に伴って海外で育ったバイリンガルの子供達の悩みについて触れている(詳しくは『6/25号の朝日ウイークリーで特集』という)。
二カ国語を話すことが出来る彼らの悩みが「自分がどちらの国の人間かアイデンティティに迷うこと…」という。バイリンガルであることは二国の文化を理解でき、友人、知人の輪は広がり、将来の就職選択時も有利になるなど利点も多かろうと思う私だが、問題は、この異文化体験が子ども時代の受動的なものであることである。もし軸足をいずれかの文化に置き、その貴重な体験を比較文化的に考察・解釈する知恵が働く年令であれば問題はあるまい。すなわち大人であれば「郷に入りては郷に従う」である。辞苑によれば、郷に従うとはその土地の風俗、習慣に従うこととある。風俗、習慣に従うとは、その土地で生まれ育った人達の物の考え方を理解し、気候、風土によって形成され伝承されたものへの同化であり、共鳴である。しかし若年の帰国子女にそういった理解能力や同化能力を期待することは出来まい。

ふと思い出して古い記録を探したら同一テーマでの1994.05.05、NHKラジオの座談会メモが見付かった。この「帰国子女の問題点、対策」については天声人語子のそれとほぼ同じ。次のように締めくくられていた。
「帰国子女の問題は、帰国子女の側にあるのではなく、子女の考え方や行動を理解出来ない、或いは受け入れ切れない日本側の問題である」。「人には多様な物の見方、考え方、意見があることを彼らは学んで来た。それが活きるように寛容さをもって受け入れるべきである」。まさに正論であった。

アイデンティティ問題で悩んだ最初の日本人は津田塾大学の創始者津田梅子ではなかったろうか?留学生仲間の最年少、7才で渡米し、18才での帰国まで11年間米国で教育を受ける。梅子のアイデンティティは米国にあったと理解される。この間の事情については津田塾の卒業生であり、小説家である大場みな子さんの著作「津田梅子」(朝日新聞社1990.6.20第1刷発行)に詳しい。この著作は寄宿先であったアデリン・ランマン夫人との30年に及ぶ手紙(1984年津田塾大学の物置から発見)を主体に、大場みな子さんが纏めたものであるが、梅子の自叙伝的性格を持つ著書といわれる。

仲間5名の女子留学生中、15才の2名は病を得て帰国。7才の梅子、9才の永井繁子、12才の山川捨松の3名がカルチャーショックを克服して勉学を続け無事帰国する。梅子は彼女らに比べて幼かったことから、米国生活への順応は早かったのでは?と思われるが、それだけに帰国後の日本の社会への適応・復帰では最も苦労したことがアデリン・ランマン夫人への手紙から伺える。
梅子は女子英学塾(津田英学塾の前身、1900年開学)の式辞を日本語で述べた以外、このあと式日などの公の席での話はすべて英語であったというから、完全なバイリンガルとは言い難いが、アイデンティティで悩んだことに嘘はない。

最近私が感心していることがある。若いお父さん達の、子ども達への「ふるさと(意識)作り」である。私が住む大都会周辺の住環境では、子ども達はなかなか「ふるさと(意識)」が持てない。小学校児童を持つ若いお父さん達が自治会活動として「納涼の夕べ」などを企画し、スイカ割り、ヨーヨーつり、紙飛行機飛ばし、輪投げ、花火大会などのイベントを企画し地区の子ども達が一体となって楽しむ。地域独自の文化に乏しいという点は否めないが、人はこういったイベントを通じてふるさと(意識)を持ち、アイデンティティを形成して行くのであろう。私は団塊の世代のもう一世代前の人間、企業戦士として家庭を顧みず、子ども達にも淋しい思いをさせたに人種。若い父親達の行動を、私はいま「反省」、「感銘」、「羨望」のない交ぜになった思いで眺めている。

天声人語子は更にいう。「帰国子女は日本の会社では使えないという先入観にも直面する。悩みは尽きない」と。この「使えない」という表現は幅が広く、私の思いとの違いがあるかも知れないが、私が会社勤めをしていた時に出会った人達も、恐らくその種の悩みを抱えた人達ではなかったろうかと思うことがある。

米国の企業コンサルタント会社、例えばボストンコンサルティング社、マッキンゼー社(いずれも日本法人)などが米国流の新しい事業提案やパートナーを求めてやってくる。そんなとき私がしばしば注目したことは、訪れる彼らの多くが日本の大企業からこの外資系企業への転職組ということだった。将来を嘱望された若者が派遣されて、米国の大学に留学して帰国する。しかし企業文化の違いという壁に直面し、折角学んできた米国流の事業ノウハウが自社では活かせない。企業と従業員との力関係でいえば、この悩みの解決法は外資系企業への再就職しかなかったものであろう。
当時私はこういった離職を、美しい日本の労働慣行(終身雇用、年功序列など)に反する利己的行動として快く思わなかった。企業の留学制度は、勿論将来のための、自社人材への教育投資である。企業は投資に見合う活躍・活動を選ばれた従業員に期待したはずだと。しかし今考えれば折角の教育投資が活きなかった責任が誰に在ったかは明白だ。
その時代から既に30年近くの歳月が流れ、明らかに変わったと思うことは、日本にも人材の流動化が日常的にしかもオープンに行われる環境が整ってきたことだ。
だが、帰国子女の問題はなお、新しい問題として残っているというのか!

テレビでも時々紹介される画家、藤田嗣治(1886~1968、東京美術学校卒後フランスに留学)の絵は、日本の伝統的な「描線」を生かして、フランス画壇において独自の画風を確立し、代表作「猫」などが高く評価され、エコール・ド・パリ( パリ派: パリが国際的な芸術の都として最も華やかだった1895~1930年代までを総括的に「エコール・ド・パリ」と呼ぶという)の一員となったといわれている。
こうして彼は、素人の私にも違和感のない安定した画家の地位をフランス画壇で確立しているように映る。晩年、フランスに帰化したことが、アイデンティティ問題を体験せずに済んだものと私は理解した。但しこの意見と次の意見は私の独断と偏見であることをお許し頂きたい。

ブログNo.52の「大原美術館と倉敷の街見て歩き」で紹介したことだが、「大原美術館」の近くのアイビースクエアーにある「児島虎次郎館」には、大原美術館の開館に貢献した彼自身の一連の作品、恐らく100点ほどの作品が時系列に並べられており、虎次郎の画歴の変遷をつぶさに読み取ることが出来る。

第一期(渡欧まで):作品は美術学校時代と卒業後の渡欧までの作品で、当時の日本社会を反映したと思われる色彩的な暗さはあるが、勿論日本的テーマとモティーフで描かれた精緻な筆遣いの傑作である。

第二期(滞欧中):パリ社交界にデビューした当時の作品は一転して明るく、自信に満ちた華やかな作風となり、生命感や躍動感がキャンバス一杯にあふれている。思わず、この絵はフランスの何某の作品か?と問うほどの異色の出来映えである。印象派、象徴派を初めとする当代ヨーロッパの画風に触れて、模倣、習得、開眼の時期の作品である。

第三期(帰国後):作風はまた一変する。俺は日本人だ。パリ画壇で学んだノウハウを丸ごと日本に持ち帰って描いたところで、日本人としての自分の評価はあるまい。模倣、亜流の輩の誹りを受けるだけだ。賢明な彼の苦悩が試行錯誤となって作品に現れる。己のアイデンティティを何に求めるか?彼は中国、朝鮮を旅する。恐らく東洋的テーマとモチーフの中にこそ、己の存在(アイデンティティ)があると。その道半ば、47才で急死して挑戦は終わる。
彼が天寿を全うしていたらどのような「解」を見出し、日本画壇で独自の画風を確立していたであろうか?「アイデンティティ」とはまことに捉えがたく、難しい存在である。  2006.07.06
                                                       
参考:
★藤田嗣治の「美」の世界(アートの旅)
http://www.k3.dion.ne.jp/~aegean/sub3.html

★野村一夫(國學院大學教授):社会学感覚、自我論/アイデンティティ論
http://www.socius.jp/lec/08.html

★アイデンティティ①:(ウイキペディアの解説)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E5%B7%B1%E5%90%8C%E4%B8%80%E6%80%A7

★アイデンティティ②:(創価大学総合心理研究会)
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Club/8597/991130.html

★アイデンティティ③:(アイデンティティ・クライシス)
http://www.nihongokyoshi.co.jp/manbou_data/a2230026.html

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