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2006/07/22

56:天神祭がやってくる

天神祭は水都・大阪の夏を彩る、日本三大祭の一つといわれている。このPhoto 日は天満の天神さんから、中之島とその上流大川一帯が130万の浪速っ子で埋まる。この時期、大阪の暑気はその頂点に達するが、ウナギで精力を付ける土用の丑の日もこの頃だ。その熱気が一層この祭りを盛り上げている。

もう10年ほど前(1994)の7月25日、私は初めて天神祭の群衆の輪の中にいた。例年、「一等桟敷だ」と洒落込んでテレビの前で楽しんで来た私だが、大阪に住んで40数年も経つのに一度も天神祭に足を運んだことがないのは淋しいことだと、NHKラジオの「船渡御に先だって陸渡御が4時に天満宮を出発する」という情報を頼りに出かることにした。

私の反省を含めて、初めて天神祭を訪れる人のためにここで一言アドバイスしたい。この祭はそのスケールが余りに大きいのでどこで何が行われているのか掴めない。何を見たいのか?自分の願望や期待をしっかり決めて行くこと。でなければ期待したほどの満足感は得られまい。

先ずは天神祭便利マップ(★http://www.naniwa-bunka.com/map.html
)などで行事の大凡のルートを確認しておくこと。インターネット検索すれば天神祭関連の最新の情報サイトがすぐ見付かる。天神祭の歴史、行事スケジュール、道順、それに傑作写真集にもお目にかかれる。最後に幾つかの「私のお気に入りサイト」を紹介しよう。

これらの資料によれば例年、7月25日の「本宮」のスケジュールは昼の部の陸渡御と夜の部の船渡御・奉納花火大会とに大別される。

陸渡御関連
☆14:00~ 夏大祭 大阪天満宮本殿
☆14:30~ 神霊移御祭 大阪天満宮本殿
16:00~ 陸渡御 老松通⇒市役所前⇒天神橋
船渡御関連
18:00~ 船渡御、天神橋(北詰乗船)⇔ 飛翔橋
★19:00~ 水上祭(大川中流) 、天神祭り奉納花火   
★20:30~ 渡御列上陸 (天神橋北詰)
★22:00~ 宮入り、還御祭 大阪天満宮本殿
奉納花火大会
場所:川崎公園大川一帯(大阪市北区天満一丁目、造幣局横)、桜の宮公園グラウンド(大阪市都島区中野1丁目)
時間:19:00~21:00

このように行事は時々刻々と場所を移すので、一人で行くのか、連れがあるか、何を見たいかによって行動や陣取る場所が変わってくる。本来参加無料のお祭りだが、船渡御や花火を、納得出来るまで見ようと思えば有料の一等席(★)を考えるのもよいだろう。
天神祭特別観覧席http://www.tourism.city.osaka.jp/ja/topics/hotnews/200606_1/

25日16時、天満宮からスタートした陸渡御の行列は、催太鼓を先頭に猿田彦、神鉾、地車と約2Kmにも及ぶという。陸渡御の道順は大阪天満宮を出て先ずは西へ進み、老松通⇒市役所前⇒天神橋北詰め(船着場)に到着する。この道中では手の届く近さで展開されれる神事を心ゆくまでカメラに収めることが出来る。
陸渡御http://www.rakunetto.com/tenma/rikutogyo.htmlを参照してもう少し具体的に書けば、「御列発進・催太鼓・獅子舞」は
「午後4時、催太鼓を先頭に、約3000人の大行列がスタート。 先陣を切る催太鼓に続いて天狗のお面の猿田彦が出発。 彼(猿田彦)は渡御の道案F64c500 内役を担っています。 獅子舞を中心とする天神講の集団は 獅子、傘踊り、四つ竹の順で連なり、華やかにねり歩きます」とある。私もこの行列を追っかけた。
約2時間の陸渡御を終えた大行列は18時から、黄昏の大川で繰り広げられる船渡御に移る。渡御船の数、約百艘という一大スペクタークルだ。大川中流では19:00から水上祭も行われ、大空を奉祝の打ち上げ花火4000発が飾る。

船渡御http://www.rakunetto.com/tenma/funatogyo.htmlによれば、
船渡御列発進:
「陸渡御終えた一団が天神橋北詰から船に乗り込み次々と発進していきます」
水上祭
「船渡御の無事安全を祈る“水上祭”は、御鳳輦船他、4船の御神霊奉安船の上で執り行われます」
渡御列上陸
「一団は宮入に備え、順序良く上陸を開始。一路天満宮表門へと向かいます。約2時間の渡御を終え先頭から順に下船して行きます」
宮入り・還御祭
「祭りのフィナーレを飾る勇壮な宮入。最初に到着した催太鼓が出迎え役で、次々と宮入するグループと手打ちを行い、祭りの労をねぎらいます」とある。
こうしてメインイベントが終われば、川沿いはうす暗い夏の夜に戻り、群衆はさめやらぬ興奮を抱いて帰路につくことになる。

さて、16時からの陸渡御と18時からの船渡御を楽しんだ私の天神祭は5時間近くに及び、いささかの疲労感を抱えて帰路についた。正直いって、前半の陸渡御はカメラでミクロに行事を追っかけられたが、後半の船渡御と花火大会は三脚を立てる適当な場所もなく、わずかに堂島川の天神橋南詰橋脚上からの定点観測に終わる。

さて時間を25日3時過ぎに戻そう。
西天満あたりまで行けば陸渡御の行列に遭うに違いないと思いながら私は、梅田から天満宮を目指して歩き始めた。地下街から地表に出る曾根崎警察署横の階段を昇り、まっすぐ南に下がれば梅田新道の交差点である。ここで左折して国道1号線沿いの歩道を歩く。もうここらあたりでよかろうと、とある横町を右折して南に向かい、献燈の並ぶ通りに出た。ここには陸渡御を待っ人々が道路中央まで乗り出している。この通りが老松町筋であった。しばらく天神さんの方向(東)に歩くうちに、何だか見覚えのある旧家のE64c500前に出た。浴衣姿の若い女性達がたむろし、テレビカメラも据えてある。あ、そうか!私はここがNHKの朝ドラ、「ぴあの」の家であることに気付く。やがて次々と現れる陸渡御の行列は、梅の紋の下に「桜井氏」と書き込まれた献燈の下がるこの家を表敬する。宇津井 健さんと、ぴあのを演じる純名里紗さんが挨拶を受けている。その瞬間、私のカメラのフラッシュが光っていた。
天神祭といえばまず船渡御と短絡的に思うだけに、この老松町筋まで押し掛ける人は案外少なく、私はシャッターチャンスに恵まれ、催太鼓、神鉾山車、地車、傘踊り、うねめ、総奉行、網代車、鳳神輿、玉神輿と一連の神事の記念写真を撮る。祇園祭の山鉾巡行ほどの豪華さはない。130万の観客を魅了するのは何といっても夜の船渡御である。

大阪を流れる淀川は、毛馬閘門で本流から分岐して中之島のビジネス街を流れることになる。中之島にさしかかるまでが大川と呼ばれ、川はに中之島によって右側の堂島川と左側の土佐堀川に分かれ、合流して大阪湾に注ぐ。神事はこの大川の川筋で行われる。

陸渡御を終えた行列は堂島川沿いの道をのぼり天神橋北詰の乗船場から乗り込む。船渡御のパレードは、ここから大川の上流の天満橋、川崎橋、桜宮橋、源八橋、都島大橋、飛翔橋と約3キロメトルを遡り約2時間後再び戻って来る。私は、船はてっきり川下に向かうものと思って天神橋に陣取ったが、実は1953年以来上記道順に変更されていた。地下水の汲み上げなどで橋脚の沈下が進み、下流へのコースは御輿などが通り抜けられなくなったというのだ。窮余の策が川上への巡航となったという。ちなみに天神橋から川上の橋は何れも水面から 4.8メートル以上の高さがあるが、川下の橋は3メートル代が4つもあるというのである。

「天神祭」の著者、米山俊直先生(故人)は、この船渡御の水路の変更以来、神事としての船渡御の意味はなくなっているという。本来、宵宮(24日)に行われる鉾流しの神事の「御旅所」とは、神霊の意志に従って大川を下った神鉾の流れ着いたところとし、翌日そこに船渡御が行われてきたという。その意味では、今日も行われている鉾流しと船渡御とは全く無関係となっており、天神祭は神事を離れてショー化している部分もある。
それでもなかなか人気の天神祭である。私と一緒にカメラを下げて老松町から中之島に急いだ人の中に佐世保から来たという人もいた。しかし米山先生の実地調査によれば、大多数の観客は大阪とその周辺都市からの、いわば広域浪速っ子であり、東京や日本各地から天神祭に出かけて来る人は少ないのが現実という。その意味ではビッグなローカルイベントというM64c500 ことになろうか。

川風が心地よく頬を撫でる中、私は根気よくシャッターチャンスを待つ。目の前をバチ捌きも軽くどんどこ船が通るが、なかなか構図がまとまらない。大阪ビジネスパークのツインビルや、総ガラス張りのクリスタルタワービルなど、大阪ビジネスパークのビル群の窓明かりが夕闇に浮かび上がってきた。だいぶん時間も過ぎたようだ。私が三脚を立てている橋脚コンクリートブロックの足元を浴衣姿の若い娘さんを伴った若者や、会社帰りの若い二人連れや、子ども連れの家族の一団などが賑やかに行き交う。缶ビールを持ち、たこ焼き、とうもろこし、焼きいかを頬張る人達。行儀が良いとはいえないが、この解放的大阪マナーこそが天神祭を支えるエネルギーであろう。

一方、中天ではシュルシュル、…パンパンと音が弾ける。見上げれば大阪ビジネスパークの高層ビル群の上空に、ぱっと大輪の菊が咲き、やがて七色の花びらが尾を曵いて流れ、夕闇に吸い込まれてゆく。オー!という歓声。130万の浪速っ子が打ち上げ花火と、どんどこ船の威勢の良い太鼓のリズムに酔い、体を熱くする。初めて、私もその興奮を共有した。8時半を過ぎ、イベントも峠を越した雰囲気となる。私は約4時間半にわたる写真撮影に自ら幕を下ろし、帰宅の準備をする。船渡御では、場所の選定を間違えたのだ。根気だけでは勝負にならぬことを思い知らされたところだった。(2006.07.22)

★ウイキペディア「天神祭」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E7%A5%9E%E7%A5%AD
★大阪天満宮公式サイト
http://www.tenjinsan.com/tjm.html
★天神祭べんりマップとスケジュール
http://www.naniwa-bunka.com/map.html
★天神祭スケジュール-2
http://www.tv-osaka.co.jp/tenjin2003/sche/
★天神祭奉納花火(第60回水都祭)
http://www.nnn.co.jp/dainichi/suitosai/
★ギャルみこしアルバム(7月23日に16-28歳の女性が担ぐ神輿巡行。主催は天神橋筋商店会。)
http://www.mem-max.com/sd9/2003_7_25v1/tenjin2003.htm
★天神祭動画  (大阪案内→TENJINMATSURI→詳細クリック→ENTER →START) 
http://www.tourism.city.osaka.jp/ja/index.html

参考文献: 
★米山俊直:「天神祭(大阪の祭礼)」中公新書、昭和54年6月25日

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