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2009/01/31

No.81:2009年新春雑感

S  1:成人式と非正社員問題
2:国旗
3:大河ドラマ「天地人」
4:年賀状問題
5:消防出初式

1:成人式と非正社員
今年は百年ぶりといわれる世界規模の大不況の中に明けた。12日(月)成人式、彼らへの祝福が嫌みや皮肉に聞こえるような経済不況の荒海の中に船出した。新成人のみならずこの春希望に燃えて新社会人として、第一歩を踏み出す筈の若者にも内定取り消しなど、就職難民への危機が待ちかまえている。「頑張れ!」と言いたいところだが、「どう頑張れと言うのか?」と反問されれば私はどう答えたらいいのか?

成人式など無かった我々の世代、新社会人となった1952年春(敗戦後7年)、入社式には殆どの同僚が紺色既製服の背広で臨んだ。紺色ヘリンボン背広生地、ようやくそんな生地が出回り初めていた。既製服背広約1万円、4月の初任給が9千円の時代であった。そのためか、学生服のまま入社式に臨んだ友人もいた。現在とは比較にならない貧しい時代であった。
                                                                              
コンピュータの進歩によって金融、生産、物流、販売などの業務、管理、情報処理、伝達といった一連の社会システムが構築され、今日のグローバル化社会が出現したと考えてよかろう。しかしこのグローバル化が皮肉にも不況を世界中に拡散、伝搬したと考えられる。
こうして、本来不況の責任を負うべき大人達もなす術も無く、人生の先輩らしい知恵や体験で若者に助言することも出来ないでいる。

非正社員の問題であるが、25年ほど前のこと。我々の職場に事務職として配置された女子事務員は10時出勤、午後3時退出という当時としては驚くような変則勤務であった。私は「何故そんな勤務を希望するのか?」とその女性に尋ねた。「自分の都合に合わせて勤務時間帯を自由に選べるのです」と。当時珍しく感じたことを思い出す。私は新しい時代の到来を半ば感心しながらも何か不安に感じた。「古き良き時代の日本の労働慣行が崩壊するのでは?」という思いだった。
この制度は1985年に成立した労働者派遣法(施行は86年)によってそれまでの規制が緩和されたもので、当時、事務職に限られていたようである。2003年の改正で派遣期間の上限を1年から3年に延長、さらに製造業への派遣も解禁となった。こうして製造業への正式適用は2004年3月1日から始まり、今回の経済不況の中での「派遣切り」というような悲劇に発展したようである。

この法制化の背景は、テレビや新聞で解説されているが、産業界が不況時の労働力の調整弁としていつでも雇い止め(契約更新しないこと)ができるように80年代になって国に労働者派遣法の制定を強く求めたこと。与党もこうした産業界の要請に応じ、野党の「不安定雇用の増加につながる」という反対を押し切って制定されたという。日本の労働法制は、もともと「雇用されて働く正社員」を前提として規定されており、派遣労働は禁じられていたと報じている。
毎日新聞社(http://www.mainichi.co.jp/syuppan/economist/050322/1.html

こうしてこの約20年間に国は、派遣労働の「規制」から「推進」へと大転換し、雇用は多様化し、国際競争力の強化に貢献したとも言えるが、その一方で「同一労働・同一賃金への取り組み努力」を国は怠ったといわれている。
1月30日の朝日新聞夕刊によれば2008/10~2009/3間の、失職する非正社員は12万4800人、今春就職予定者のうち、内定を取り消された大学生・高校生は1215人になったという。
危惧はいよいよ現実となってきた。一個人では対処出来がたい規模の問題、政府に一日も早い対応、対策を求めるところだ。
 
2:国旗
1日、近所の神社に初詣した折町中の日章旗を探したが交番と、ある民家それに我が家のみであった。祝日は旗日である。旗も立てず祝日を単に休日に終わらせている責任は誰に在るのであろうか?S_2

写真は昨年11月末、芦ノ湖で見た遊覧船で、船尾に日章旗がはためいていた。よくぞと思ったが、実は船舶は日章旗の掲揚を義務付けられているという。公海でない芦ノ湖では無意味のように思われたがへんぽんとひるがえる様は美しかった。
祝祭日には日本人は誇りを持って日章旗をに立てて欲しいし、在日外国人は日本の旗日を共に祝っても良し、母国の祝祭日を堂々と自国の国旗で飾っても良かろう。

3:大河ドラマ「天地人」
今年(2009)のNHKの大河ドラマ「天地人」が始まった。この「天地人」という表題は簡略化されているためどう解釈すべきか気になるところだ。
この語源は「天の時は地の利に如(し)かず地の利は人の和に如かず(「孟子‐公孫丑下」による)」即ち人の和に及ぶものはないという意味が一般的である。
出典:
http://members.jcom.home.ne.jp/diereichsflotte/XunziMencius/LuckyIsNotAsLooksIsNotAsCooperation.html(酒匂貴一氏)

出典:天の時は地の利に及ばず、地の利は人の和に及ばない。
http://www001.upp.so-net.ne.jp/tomiyan/kotenpage44.htm

しかしドラマの著者「火坂 雅志 ひさかまさし」氏はいう。
「『天地人』は、上杉家の知謀の執政・直江兼続の生涯を描いた作品。『天地人』というタイトルの由来は?上杉謙信の言葉に由来します。
『天の時、地の利、人の和の三つが整ったときに、物事はうまくいく』ということを言っている。なかなかそれを整えられる大将は古今東西少ない。でもそれを整えることに務めなさいということです。直江兼続もその教えを受けたということで、そういうタイトルになっています」という。

実は私のブログNo.18(2005.06.05付け、カテゴリーをクリック)で私も本来の意味(孟子)と異なる使い方をしたことをことわっている。「天」、「地」、「人」の三者が一体化した時初めて偉大な成果が得られるという解釈をした。
「当時、佐賀は何故にこうも人材を輩出し得たであろうか?その原因の一つはまさに『地の利』であり、その地の利に育てられた人材(『人の和』)が明治維新という『天の時』に遭遇し活躍した」と私は解釈した。

しかし天、地、人の三者一致は、人為的に努力して成るというものではあるまい。三者一致のチャンスは偶然に来るとしても、それを生かし切るかどうかは「将」の力量であろう。
こう考えてくれば孟子の原典とは別に、新しい解釈として「天地人」とは「三者一致の成果」を成句として考えてもいいのではなかろうか?
火坂 雅志氏の、原典を無視して上杉謙信の言葉として披露した理由は、私と同じ発想であろうか?

4:年賀状問題
私は一昨年(2007)末作成の年賀状に、今回限りにさせて頂きたい旨の添え書きをした年賀状が少々ある。比較的お付き合いが浅く、惰性的に年賀状を交換している方々への年賀状の問題である。私はこのまま継続することは反って先方にご迷惑ではないか?と考えたためだが、後期高齢者の私であれば少しずつ身辺整理をという気持ちもあった。ただ、代案として必要に応じて適時メールで連絡や近況報告などはさせて貰いたい旨の付記もした。
この問題の結論をいえば、私の申し出に対して、数名の方には同意して頂いた。しかし若い方の中には私の申し出にも拘わらず今年も年賀状を送って頂いた方もあり、これをどう理解するか私は複雑な気持ちである。

また逆に、昨年のお正月に後期高齢者の方から頂いた年賀状に、今年限りにさせて頂きたいと付記のあった年賀状があった。私は先方の申し出に忠実に従って今年は欠礼した。
しかし家人が言うに「先方は、年齢的に自分で年賀状をしたためることが苦痛になっての申し出ではあろう。しかし年賀状を貰えば嬉しいに違いないので、出した方が良いのではないだろうか?」という。こちらも私の思いは複雑である。

5:消防出初式
1月11日、私は生涯で初めて私が住む町の消防出初式を見学した。S_3
消防出初式は毎年新春早々に、消防職員、団員の職務遂行への決意向上と士気高揚を目的に、合わせて一般市民の防火思想の普及を図ることを目的に消防出初式が開催されるようである。
私など消防車両といえば消防ポンプ車と思っていたが観閲で見た車両は化学車、タンク車、ポンプ車、救助工作車、人員搬送車、特殊災害支援車、救助工作車など多岐に亘っており、また、一口に消防署員といっても、市の消防職員の他に地域の安全は自分たちで守るべく組織された消防団員、更には家庭からの火災発生を防止すべく組織された女性防火クラブ、幼稚園には幼年消防クラブが、また日本レスキュー協会災害救助犬なども組織されていることを初めて知った。
これらの行事の合間に消防音楽隊の演奏があり、三連はしご訓練、一斉放水、更には近隣高校の女子チアリーダーのショーを見学し、有意義な一日であった。(2009.01.31) 
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