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2009年11月2日

2009/11/02

No.83:セレンディピティ(serendipity)の正しい用法 (褒められた人のへりくだった謝辞か?他人への褒め言葉か?)

2004年3月末のこと。テレビを見ていたら「セレンディピティ」という言葉に出会う。銀座だったか、旧東急百貨店跡地に出来た大型商業施設の中に「セレンディピティ」という名の高級雑貨店が出来たというのだ。恐らく店主は「掘り出し上手なお客様のための…」という意味合いで顧客の心理をくすぐる戦術に出たのではないか?と私は一瞬皮肉る思いもあったが、耳慣れないこの英単語でよくぞネーミングしたものと感心もした。

本来この言葉は科学者や技術者の間では時々聞く言葉だが、果たして正しく用いられているだろうか?と疑問に思うほど使う人にとっても難しい言葉である。例えば、著名な研究者が業績を他人に褒められた時、「あれはセレンディピティ、全くの幸運でした」などと謙遜してこの言葉を使っていた。しかし私は輝かしい業績を上げた人の素質への「褒め言葉」としての用法が正しいと思っている。

次ぎの「セレンディピティ物語」は1990年(平成2年)に私が書いた随筆の一節である。

「セレンディピティ物語」 
1950年代の初め、社会人となった私が受け取った研究テーマが、当時カナダで発明された、そして現在もこれ以上の強靭性をもつ鋳鉄材料は生まれていないという画期的な新材料の国産化研究であった。
発明者の一人ミスター・M(インターナショナルニッケルカンパニー社)は後日「この発明は私にとって全く『セレンディピティ』であった」と書いていた。

発明の端緒は第二次世界大戦中に遡るというが、当時不足しつつあった「金属クロム」と同等の効能を持つ材料を見いだすための研究中、試用した「金属マグネシウム」によって、『鋳鉄中の黒鉛形状(通常は花びら状)が球状になる現象』が起こった。この発見を契機に、当初の研究目的に無かった強靱な新材料が発明されたという。

私はミスター・Mの「セレンディピティ」という言葉を論文中で読んだ時「棚からぼた餅的な幸運」を指すものと受け取っていた。しかし私がこの言葉の真意を知ったのは、更に10年程経った1990年のことだった。私はある日大きな辞書でセレンディピティ(serendipity)を引いた。
「予期せぬ良い物(楽しいこと)を見つけ出す才能、掘り出し上手」。その原典は英国の文豪 Horace Walpole(1717-1797)のおとぎ話に「堀だし上手の三人の王子さま(The Three Princes of Serendip )」という話があり、主人公たちが絶えず巧みに珍しい宝物を発見するという物語に由来する造語とあった。
(著者:岡倉由三郎、図書名:新英和大辞典、発行所:研究社、発行年月日:昭和11年3月5日)。

その後私は更に偶然に「セレンディピティ」の用法を確信する情報を得た。
足の指を骨折した私は、携えた本を病院の待合室で読んでいた。そのE・S・モース(1838~1925)の項に、モース略伝を書いたチャムピオンの言葉として「彼(モース)はセレンディピティ即ち『探し求めていなかった良いものを偶然に発見する才能』を持っていた」と紹介してあった。
(著者:渡辺正雄、図書名:日本人と近代科学、岩波新書G67、発行年月日:1989.10.20 第6冊)。

こうして私はこの言葉が主として科学・技術分野での発見的業績を上げた人に対する「褒め言葉」として使われていることを知った。

しかし偶然と言えば偶然、病院から帰宅してラジオのスイッチを入れた瞬間、「セレンディピティ・シンガーズ」の歌声でしたと言うではないか!初めて聞くグループの歌だった。どんなグループか、どういういきさつでこの名前が付いているのかは知らないが、セレンディピティという言葉は、外国ではかなり一人歩き出来る言葉のようである。
同様に、冒頭の高級雑貨店の名前「セレンディピティ」も、「掘り出し上手」として、店主が顧客の心理をくすぐるあたり、これも一人歩きの例であろう。(2005.04.15投稿 修正再2009.11.02)

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