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2012年8月24日

2012/08/24

No.85:パウル・ベッカー(*)のこと(大阪 大英博物館展を見て)

S800556

今年(2012)5月、吉田秀和さんが死去された。日本で初めて本格的なクラシック音楽批評の方法を確立した音楽評論家で、文化勲章受章者という。
誰かの追悼文の中に「パウル・ベッカー」という言葉が見られた。パウル・ベッカー著「西洋音楽史」(1924ー1925講演集)河上徹太郞訳は私の書架にあり、懐かしかった。私の読後感を披露すれば、まさに開眼であった。彼の評論は決して壮大な歴史感を踏まえた誇大な表現ではない。しかし「古代人と現代人の芸術的感性に大差はない」という一語に私は度肝を抜かれる思いであった。

具体的に年代を示してはいないが、少なくともギリシャ時代(四千年前位)まで遡って彼は言う。
「我々が、目の届く限り続いているポプラの長い並木の一端に立ったとき、一番、目近に立っている樹が最も大きく成長しており、遠方の樹程小さくなって、地平線のかなたにあるものはついには我々の目には一つの点に過ぎなくなる。
しかし実際その樹は小さいだろうか?そんなことはない。並木に沿って歩いて行ってみれば、あらゆる樹はそれぞれ違った個性を持って成長し、ある樹はたくましい幹を、ある樹は張り切った枝振りを持っていることが分かる。
本質的には皆同じ樹でる。点に見えたものは最初目近に大きく見えた樹よりも、もっと大きく、かつ逞しいかも知れない。
要するに錯覚の原因は樹そのものにあるのではなく、遠景を眺める場合の、我々の遠近法的な視覚の性質による。我々がこれから歩み入ろうとしている音楽史は、ちょうどこの視界の外まで広がっている並木道のようなものである」と。

平成3年4月下旬のこと。当時千里の万博記念公園内にあった国立国際美術館で大英博物館展を見た。(2004年大阪市北区中之島に移転)3月上旬から始まったこの催しの幕切れが近付いたため、ゴールデンウイークを避けて見に行った。平日にも拘らず会場はかなりの混みかたであった。
千里中央でバスを乗り継いで会場に着く。視界は見渡す限りの新緑に輝き、所々、平戸つつじのピンクと白が、程よい彩りを添えて私の目を楽しませてくれた。

館の中央入り口から、案内の矢印に沿って左手に進み、4階の会場まで一直線に続くエースカレーターに乗る。この会場は先ず最上階の作品を鑑賞し順次下降してくるシステムである。会場には一見してこの催しを見るため遠隔地から訪れたという身なりの中年の人や、修学旅行途中の中学生らしい一団も交えて、なかなかの賑わいであった。前年10月の東京世田谷美術館を振出に、山口県立美術館を経て、最後の開催地ここ大阪にやって来たという。5月3日の新聞は東京、山口の観客合計が62万人、大阪は昨日現在39万人を越え、総計100万人を突破したと報じていた。

人波に体を預けながら、ゆるゆると進む。少し落ちついてからあたりを見渡して、まずその暗さに気付く。展示品の変色や退色への配慮からという掲示があるが、流れの悪さの原因が説明用パネルの文字の小ささにあることも判ってくる。ふと隣人を見ると分厚い解説書と見比べながらの鑑賞である。そうだ。説明パネルの内容が解説書にあるなら、後でゆっくり読むとしよう。私は売店に走りパラパラと解説書をめくる。印刷も、色彩も悪くない。以前にどこかで買った解説書は色彩が悪く実物の印象をすっかり壊された。この本には解説パネルの説明もちゃんとある。私は早速買い求め、以後は展示の現物を中心にそれこそ心眼を見開いて網膜に焼き込んだ。

何千年もの昔、一体作者はどんな思いを込めてこれを作ったであろうか、本当の用途は何であったろうかなどと思いを巡らしながら、2時間かけて、焦らずにじっくり鑑賞した。
展示品は7分野、251点という構成、即ちメソポタミア、エジプト、ギリシャ、インド、西域、メソアメリカ(マヤ・アステカ)それにポリネシア(ハワイ)の出土品であった。さすがに大英博物館の所有する歴史的大遺産だけあって、見応えのある素晴らしいものばかりであった。

私は以前、百貨店などで開催される美術展を「借り物文化いや客寄せパンダでは?」として、疑問を提起した。しかしこの展示品はたとえ借り物であっても、十分に意義あるものと素直に感じた。帰路、私は久しぶりに味わった感動と満足感の余韻に浸りながら、半年程前に開通したモノレールに乗車して、千里中央駅に出た。約5分、モノレールはこの美術館と私の家とを更に近付けたようである。

この種の展示品を見た時よく感じたことは、7千年も8千年も前によくもこのように繊細な感覚の芸術品が生まれたものだという感動と驚きである。例えばイラクで紀元前6千年頃に作られたとされる幾何学模様のデザインを持つ彩陶壷もその一つであった。

しかし私は前記のパウル・ベッカー著の「西洋音楽史」を読んで、そのように考えることは錯覚だと教えられた。パウル・ベッカーは古代人と現代人の芸術的感性に大差はないというのである。

要するに、人類史の長さから見れば、何千年という時間はほんの昨日のことであり、その人間と今日の人間との間に芸術的感性に差があろう筈はないというのであろう。
実はこれも後日知ったことだが、トインビーも「人類史の全体は同時代史であり、人類が歩んだ数千年間というようなものは、悠久の歴史から見たら、同時代的現象に過ぎない」といっている。
更に、カール・セーガン博士の「COSMOS」は宇宙の始まりを1月1日とすれば、最初の人間登場は12月31日の午後10時半という。約1時間半の中に人類史の7千年ほどが詰まっているということであろう。

私は何時の頃からかこのような見方で文化遺産を見て来た。では、これら文化遺産に接した時の私の感動は何であろうか?恐らくは何千年という時間に耐えて出土した遺物の生命力に対する畏敬の念であり、また、発掘され、陽の目を見ることを希求していたであろう遺物と我々との出会いの喜びということである。

しかし私はこの大英博物館展を見ながらふと疑問が湧いた。七つの海を制した英国とはいえ、こうした文明先進国の貴重な出土品や遺物を英国が独占していいものかどうか?また、我々はそれらの文化的遺産をその出土地でなく今、日本で見ていることにどんな意味があるのだろうか?と。
実は、大方の人が抱くであろうこの疑問に応えるために、解説書は「大英博物館の沿革」を用意していた。
「コレクション総数700万点を越え、人類の生きたあらゆる地域と時代の文明とを網羅し、年間400万人以上の入場者を誇る大英博物館の始まりは、医師でのち王立医科大学長ともなったサー・ハンス・スローン(1660-1753)の遺志によると。
彼は集めたコレクションが散逸することを恐れ、遺言でこれを託し、1753年、国王の承認を得て理事会を設置、コレクションの購入代金及び陳列所の建設費を公営宝くじに求めることが可決された」という。

スローンを初めとした先見性のあった考古学ファン或いは学者の情熱と、
財政的支援をしてくれた国王、政府、貴族等、
さらには発掘を許可してくれたエジプト政府を初めとする文化財、遺跡等の所有国の理解と協力
によって、初めて文化財が発掘、収集、維持、管理され、それを原点としてさらに多くの研究者が生まれ、こうして過去の文明が研究、解明され、今日に至ったという。

勿論、そこに至るまでには、英国側にも多くの問題点があったであろうことは容易に想像される。他国の文化財を発掘して持ち帰ることの是非、たとえ正規の取引とはいえ、ミイラや棺を売買すること、英国側におけるナショナリズムとも言うべき圧力、自国の出土品でないいわゆる借り物文化への僻み、近東諸国側の遺物国外持ち出し禁止処置の発生、増え続ける遺物の保管場所、経費の問題等である。

しかしもし、情熱を以て発掘を続ける探検家がいなかったなら、またもし発掘を資金的に援助する貴族、政府等のスポンサーがいなかったなら、折角の遺跡も地下に眠ったままであったろう。
こうして見て来れば、これらの遺産は単に英国の所有物というに留まらず、全人類の文化財として位置づけられるものであり、英国を代表するその努力に人類の一員として感謝すべきものと私は感じた。

では文化財はそのあるがままに鑑賞されるべきではないか?という疑問にはどう答えるか。確かに、それらの遺品は出土国の自然環境の中で保存され鑑賞されることこそ、それを理解するに最もふさわしいことは間違いない。その荒涼とした厳寒の自然が、砂漠の炎暑が、或いは四周の美しい山野が、作品の制作意欲や感性の誕生を理解させることに役立つ筈である。
                     
しかし、イラク・イラン戦争が五つの多層都市遺跡を破壊し、過日の湾岸戦争がシュメール文明の所産を破壊したことも報じられている。どんなに立派な遺跡や文化財を所有していても、当事国に調査・維持・管理能力が欠如していたら、人類は何等の恩恵に浴さず不幸である。産出・所有国の自然環境の中で…という希望は言うべくして難しい問題である。結局私は現状がベストではないかと納得したところであった。
原文:平成3年(1991)5月  、平成24年(2012)0825

(*)マックス・パウル・オイゲン・ベッカー(Max Paul Eugen Bekker, *1882年9月2日   ベルリン – 1937年3月13日 ニューヨーク)は、1920年代半ばまで活躍したドイツ  の音楽評論家。言論活動に加えて、指揮者や劇場支配人としても活動した。

 

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